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「記憶は甘味な終末への道」

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【連載小説】「記憶は甘味な終末への道」(最終回)

【連載小説】「記憶は甘味な終末への道」(最終回)

近さは遠さの反対ではなく
恐怖と希望は反対ではなく
やって来ることと行ってしまうことは反対ではなく
そこになにがあろうとも

H-よ18地区の階段の落書きより

目指すべき建物に着いた。その前に立ち、全貌を確認しようとした。
縦にやたらと細長い建物は、薄汚れたピンク色をしていた。6階建てのようだったが、最上階辺りは朽ち果てており、内部が露出している。周りに同じくらいの建物がないせいか、まるで街に一

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【連載小説】「記憶は甘味な終末への道」(4)

【連載小説】「記憶は甘味な終末への道」(4)

4ここがどこだかわからない
けれどもここは私の生きた場所
そしてきっと誰かが産まれる場所
ここにいることは罪であり幸福であり

J-の61地区の公衆トイレの落書きより

私は光を目指して歩いた。スラムが放つ妖艶な光を目指して。
思いの外、スラムは近くにあった。さして苦労することなく、スラムまでやって来ることができた。スラムは巨大な防護壁によって守られていた。防護壁といっても、大量の瓦礫を積み上げた

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【連載小説】「記憶は甘味な終末への道」(3)

【連載小説】「記憶は甘味な終末への道」(3)

3甘い時間の匂いがする
肉と乳の香りである
ここで私は生まれ
私は死んでいく
ここでは暖かさが育まれ
憎しみが育まれ
繰り返す生命の定めが育まれ

H-に77地区の分電盤の落書きから

目が覚めると、ひんやりとした空気に包まれていた。嗅覚が回復してくるとカビとホコリの匂いがすぐに感じられた。起き上がると、あのビルの廊下にいることがよくわかった。もう日が暮れていた。一体何時間ここに寝そべっていたのだ

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【連載小説】「記憶は甘味な終末への道」(2)

【連載小説】「記憶は甘味な終末への道」(2)

2私は再び歩き出した。人垣と“SENSE”から開放された私は、焦りとは裏腹に軽やかなステップを踏んでいた。

角を曲がろうとしたときだった。“ヤツ”がいた。バグワームだ。

バグワームは「生き物」ではない。“SENSE”のバグから発生し、人の脳内の「記憶」によってその形を得る。最初に現れたのは30年ほど前だ。“SENSE”の発信装置の一つにバグがあり、それがそのまま通常の“SENSE”と同じように

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【連載小説】「記憶は甘味な終末への道」(1)

【連載小説】「記憶は甘味な終末への道」(1)

1旅立ちかと思えば
それは帰り道でもある
始まりのようでいて
終わりでもある
名前のない子よ

G-く66地区の壁の落書きより

「ようこそ!」

大袈裟な身振り手振りを交えながら、古めかしいブルーのスーツで決め込んだ中年男が目の前に現れた。調子のいい口調で男性用育毛剤を勧めてくる。
私は首を横に振った。すると男はたちまちに消え失せた。

この日も地下坑道は人でごった返していた。そのなかを私は急い

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