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【短編】『妻への秘密』(中編)

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妻への秘密
中編


 マサミはアフリカのマダガスカル島からやってきたワオキツネザルである。絶滅危惧種ということもあり、日本のこの動物園で昨年より保護することになったのだ。見た目は通常のワオキツネザルと同様に全体的に灰色の毛で覆われており、顔の周りは白くとても美しい顔立ちをしている。そしてなんと言っても目の周りが黒く、まるで濃いアイシャドウをつけているかのようで魅力的である。実は僕は彼女のそこに惹かれてしまったのだ。

 もう読者も承知の上かと思うが、私はマサミと恋仲なのである。ちょうど半年前に僕はマサミの飼育担当になり、日を重ねるごとに徐々にお互いのことを深く知り、ついに先月僕から告白をしたのだ。妻にはすまないと思っている。付き合った当初は罪悪感を抱く毎日だったが、今ではもう二人との二重生活に慣れていき、特に恋仲が妻に露呈することはなく温和な夫婦生活を送っていた。しかし、最近になって妻に異変を感じ、もしかすると僕とマサミの関係性に感づき始めているのかもしれないと思うようになった。

 ある朝、僕が目を覚ますと、珍しく妻が先に起床しており、朝ごはんの準備をすることもなく、ただ茫然とソファの上で携帯をいじっていた。少し違和感を感じたが、朝から考えすぎることも一日に響くと思い、いつものように朝の支度に取り掛かった。二人の間に会話のないまましばらく時間が経った。卵を二つ用意し殻を割り溶いた後に、牛乳・砂糖を少量入れかき混ぜる。弱火で温めたフライパンにオリーブオイルを入れ、その上にさっと卵を乗せ、一分ほど放置する。そして少し固まり始めた卵を軽くかき混ぜ、さらに一・二分熱してからお皿に移しその上にケチャップをかける。定番の甘口卵焼きの完成である。

 二人分のお皿をダイニングに運び、妻を置いて先に食べ終わってしまった。食器を洗い場に持って行こうとした時、事件は起きた。ソファに座っていた妻が勢いよく立ち上がり、お皿に乗った卵焼きをゴミ箱にポイと捨てたのだ。僕は一瞬唖然としてしまったがすぐに我に返り少しばかり考えてから、もしやこの前の夜に機嫌が悪かった原因をまだ根に持っているのではないかと思い始めた。僕は時間もなかったため、出勤の準備をしていざ玄関の扉を開けようとした時、妻が

「あなた、私知ってるんだからね。」
と一言発し、そのままリビングへ戻って行ってしまった。

 僕は職場まで運転をしながら、ここ最近のあらゆる出来事を思い出し、しばらく考えに耽っていると、ふとしたタイミングでマサミのことが頭によぎった。なぜかマサミと妻との二重生活は日常化していたことで、全くその節に気づかなかったのである。どうやって僕とマサミの関係を知ったのか疑問に思った。ただ自分はしっかりと妻に仕事の内容をできる範囲で共有していたつもりだし、毎日退勤時間になるとすぐさま家路に着いていたのだ。マサミとの関係性が妻にバレるはずがない。確実に別の事案であると結論づけ、マサミの元へと向かった。

 飼育場へ着くと、マサミはすでに朝の運動をしており、僕に気づくと、途端に身体にしがみついた。僕はおはようのキッスをしてから朝ごはんを用意した。僕は妻に内緒で、定期的に二人の預金口座から引き落とされるクレジットカードで、マサミの大好物である少し高級な野菜を買い込んだ。今日は週に一度にそれを与える日である。僕はマサミがその野菜を食べるのをすぐ隣で観察していた。

 マサミの肌はシミひとつなく、長い尻尾をまっすぐと空向けてそびえ立たせる。そして、慈愛のこもった眼差しでこちらを見つめながら、僕の用意した朝ごはんを頬張る。お皿を片付け後シャワーヘッドから水を出し全身を洗う。マサミの背中を洗い流しながら、なんて美しい肌なのだろうと心を奪われる。上半身を洗い終わってから、下半身を入念に洗い流し我々の前戯は終わる。ようやく、本番に移り、どちらも同じ方向を見て横に並び、それぞれ体育座りをして手と脚を大きく開く。数十分そのままの体勢で留まり、フィニッシュである。我々は、日光浴をしながらお互いの精神を絡ませ、愛を深め合うのである。

 お昼過ぎに飼育場へやってくると、すでに与えていたお昼ご飯を食べ終え昼寝をしていた。中に入ってきた僕に気づき、起き上がるとヒョコヒョコと奥の方へ戻ってしまった。すると、食べ終わったと思っていたヨモギや野イチゴ、シロツメクサをまとめて束にして僕に手渡した。僕は即座にそれを、プレゼントであり求愛の印だと受け取った。マサミの頬にキッスをお返しした。

 その日は思ったよりも早く仕事を切り上げることができ、マサミからのプレゼントを袋に包み大事にバッグに入れ、妻の待つ自宅へと帰った。
帰宅すると、妻はすでに晩ご飯を食べ終わっており、僕のことを待ちくたびれたかのようにソファでテレビを見ていた。そして、妻の口から衝撃の一言が発せられた。

「あんたコソコソやるんならちゃんとバレないようにやればいいのに」・・・


最後まで読んでいただきありがとうございます!!

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