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【短編】『赤ん坊ゆうかい事件』

赤ん坊ゆうかい事件


 初めて訪れた街で一人横断歩道の手前で信号を変わるのを待っていた。隣にはベビーカーとその取手に手をかけた母親が立っており、赤ん坊は泣き続ける一方だが母親はそれを気にも留めずに信号が変わるのを待っていた。信号が青になると横断歩道の向こうから下校中の小学生五人組が走ってこちらに向かって来たかと思えば、そのうちの三人はすぐに元の方向へと戻っていった。鬼ごっこをしていたのだ。こんなところで鬼ごっこなんて危険だと思いながらふとベビーカーを探すと、まだ横断歩道を渡れずにいた。どうやらベビーカーの車輪が壊れてしまったようで、どうやって赤ん坊を運ぼうかと躊躇しているようであった。信号が点滅し始め、すぐに反対側へと小走りで渡った。母親が心配になり次の信号が青になったら向こう側へと渡ってベビーカーを抱えて一緒に渡ろうと考え待機することにした。

 少しの間待っていると、母親はなにもかも諦めてしまった様子で立ち尽くしていた。すると突然二人組の男女が母親に近寄っていったかと思うと、ベビーカーの中身を確認し始めた。そして途端に、女が赤ん坊を取り上げ、男がベビーカーを奪って走り去ってしまった。母親は急な出来事に驚嘆した様子で隣にある電柱にもたれかかりしゃがみ込んでしまった。すぐに向こう側へ渡って助けようと思ったが、車通りが多く信号を待つししかなかった。

 信号が青に変わり、一目散に母親のもとへと駆け寄ると、こちらの存在に気づき安心した表情を見せた。赤ん坊を奪われたショックのせいか、しばらくの間脱力している様子であった。

「お母さん、大丈夫ですか。通報しましょうか。」

と手を差し伸べると、母親は電柱を掴んでやっとのこと立ち上がり答えた。

「いやいや、それは困ります。あなた手を貸してくれない?」

そんなのんきな回答に対し納得がいかず再び聞き返した。

「赤ん坊は?今連れ去られたの見ましたよ。」

すると、母親は面倒くさそうな顔をしながら答えた。

「この横断歩道を渡るのを手伝ってくれない?そしたらわけを話すわ。」

「でも一刻を争うのでは?」

と聞き返すも母親は表情を変えずにこちらの言い分を一切無視した。仕方なく信号が青に変わるのを待っていると、母親は腰を痛そうにしていた。信号が変わり、母親の背に手を当て母親の方はこちらに体重を乗せて、二人三脚で白線を超えていった。

 ようやく反対側の歩道へと着くと、母親は再び電柱に寄り掛かった。こちらを見てぼそっと答えた。

「ありがとね。おかげで助かりました。」

相変わらずのんきなことを言うと思い、呆れ半分で聞き返した。

「本当に大丈夫なんですか?」

すると、母親の表情が少しにこやかになり、あることを聞いてきた。

「悪いんだけど、すぐ近くの家まで送っていってくれない?そしたらわけを話すわ。」

母親に対し少し苛立ちを感じ始めたが仕方なく、家まで送ることにした。母親の言う方向へと足を進めるとともに、この緊急事態で異常な行動をとる母親を見て徐々に情けが失われていった。「もうすぐです。」という言葉を頼りに母親の背に手を添え直しながら歩き続けた。そして、いざ目的地へ到着すると、ピンクのエプロンをした若い女性が出迎えてくれた。

「おばあちゃん、急にいなくなったと思ったらどこに行ってたの。みんなとても心配したのよ。」

「この若い方が助けてくれたの。」

と母親は返答すると同時に、我々はお互いに目を合わせた。


最後まで読んでいただきありがとうございます!!

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