見出し画像

苦艾と水源




わたしはあの日、
たしかに青空に向けて
一匹の子羊を放ちました


わたしはあの日、
たしかに放たれた子羊が
かつて駆けていた麦畑に立ち
地平線に向けて 歩き出しました


わたしはあの日、
たしかに地平線を跨いで
地に降り立った虹の根源を
探しはじめました


わたしはあの日、
たしかに辿り着いた虹の地点が
暗闇に飲まれていくさまを 見届けました


わたしはあの日、
たしかに暗闇に映された
オリオン座の点と点を結び
愛という無機質な幽霊に触れました


わたしはあの日、
たしかに幽霊のように
漂い続ける風と対話をし
わたしは一体誰なのかと問答しました


わたしはあの日、
たしかにぼやけていく
問答が蘇る街を見下ろし
曖昧な孤独に取り憑かれました


わたしはあの日、
たしかに無力であるがまま
息を潜めて 孤独な犠牲者を
傍観しておりました


わたしはあの日、
たしかに潔白と称した
無知を学ばされ
正しい誤解を身に付けました


わたしはあの日、
たしかに身に付けた誤解を解くべく
凡ゆる表情の輪郭を嗅ぎ追いました


わたしはあの日、
たしかに凡ゆる表情の輪郭と
対面した代償に 人間に追われ
転ばされました


わたしはあの日、
たしかに人間が生み出す病によって
有限の枠組みを 観察しました


わたしはあの日、
たしかに有限の枠組みの中で
人生を数え始めました


わたしはあの日、
たしかに数え始めた 人生において
千の忠を見出し 光を灯しました


わたしはあの日、
たしかに灯した光に 普遍を望みました


わたしはあの日、
たしかに普遍を求め 神と争いました


わたしはあの日、
たしかに争いに疲れ 肉体の安息を選びました


わたしはあの日、
たしかに肉体の安息を選び
膨大な歴史を 魂に宿らせました


わたしはあの日、
たしかに膨大な歴史の足跡を廻り
地を這い進むことにしました


わたしはあの日、
たしかに振り返った地に残された
不自然な足跡を確認し 不在を誓いました


わたしはあの日、
たしかにかぷかぷと笑う
不在者の声が心地よく
還ることを祈りました


わたしはあの日、
たしかに円環の祈りを紡ぎ
その輪の影を失いました


わたしはあの日、
たしかに失った影を引き連れて
人工物の間を彷徨いました


わたしはあの日、
たしかに建ち並ぶ人工物から
青い硝子を見つけました


わたしはあの日、
たしかに青い硝子から
小舟を作り 海に浮かべました


わたしはあの日、
たしかに朽ちた流木を拾い
小舟を漕ぎ進めていきました


わたしはあの日、
たしかに小舟の先頭に立ち
綻んだシュミーズで仕立てた白旗を
お月さまに掲げました


わたしはあの日、
たしかに掲げた白旗を
再び やさしく身に纏い
共に眠りにつきました


わたしはあの日、
たしかに眠りにつくときに
未開の地から迫りくる
空虚の祭囃子に 憂えておりました


わたしはあの日、
たしかに憂えながらも
それはそれは晴れやかに
ささやかな安楽の視界に
解けていきました


わたしがその日、
たしかに解けていった生命体には
恐らくひとつの意識の点が
染められていました


これらの意識は
それを改めて 確かめるべく

あの日、
空へ散らばっていった
羊毛を取り戻すべく

手放した無に向けて
再び 歩き出しました