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夜の森を旅する男サイード 〜火星〜

山の尾根から村を見下ろすと、夕餉の準備をする煙があちこちから立ち上っているのが見えた。暖かい温もりに包まれた土壁の家の寝床を少し思い出しつつも、自らの内腿に感じる四つ足動物の荒い息遣いとその確かな温もりに自分の意識を戻し、行先の道を見た。通い慣れた道だが、異国へと向かうとき、この相棒が一際頼もしく感じられる。夜通し駆けて、峠を越え、湖の脇を抜け、別の海の先の異国まで、一気に向かう。技は要求されるが、夜露に濡れた森の中を行く方が早い時間でたどり着くことができる。星を読み、方位を知ることも過去に学んだこともあったし、自分の未来を知るための方法、地勢を読む数秘術など、若い頃に手当たり次第に学んできた数々の知識が、今こういった遠出をする際に、活きている。

過去に学んだいくつかの学問は、時に、俗世にまみれて、占星術を金持ちになるために使おうとするしょうもない他の生徒にブチ切れて、騒ぎを起こしたり、割といいところまで来た途端に、それを続ける意味がないものに突然思えてしまって、やめてしまったりして、どれも身にならなかった。村長の親はがっかりしたみたいだけど、相棒のタマルを乗りこなすことだけは、好きでやめなかった。そして、村の辺境の外に住むスワロフからの依頼で、辺境の先の異国へと旅する人生が始まった時、過去にかじってきた知識が、伏流水が地表に湧き出るように、人生の中にほとばしったのだ。

サイードが異国から持ち帰ったものに、銅製のたらいのような道具がある。これは、スワロフの依頼で、持ち帰ったものだが、たらいに水を張り、異国を村にいながら見ることのできる道具であった。異国の国々は、これを使って、こちらの村の様子をみているという。ところが、これを広めようと、広め屋のトリアに持ち込んだら、それは、姿見の水鏡として、村の各家庭に頒布されたのだ。トリアはいつも、ちょっとなんか違う風にしてしまうんだよな、とサイード的には不満もあるのだが、この水鏡の真の使い方をいつか思い出す人が出てくるに違いないと信じている。俺がかつて学んだ知識が、異国への往来で活かされるように。

火星 牡羊座13度 成功しなかった爆弾の爆破 3ハウス

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