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村の教師シャロフ 〜木星〜

弟のサイードが遠征前に立ち寄った。夕餉に、赤身肉のシチューと窯で焼いたばかりのパンを出して、一晩泊まっていけと言ったが、夜行の方が集中できていいんだとすぐに旅立った。干し肉と革袋に入れたぶどう酒を渡すと、いつもすまんな、ありがとうと言って愛馬のタマルに飛び乗って出て行った。

スワロフから聞いていたが、今回の遠征は、重要なミッションがあるという。そのことを思い出しながら、明日の授業の準備をする。図形の形とその象徴を学ぶクラスだ。毎年同じことが教えられるが、この知識は、収穫の暦を見るのにも、海図を読むのにも役に立つ。サイードの任務は、辺境を超えて、そこの地図を作って帰ってくるというものだ。その地図を持ち込むことができれば、村は自らの方向性を取り戻すことができるだろう。しかし、サイードの持ち帰った地図を、親父は受け入れるだろうか、とランプがついた部屋で考える。あの親父は、目新しいことをとにかく嫌うのだ。

ふとペンを止め、ランプを眺めていると、昔の光景が思い出された。サイードが、遠くまで遊びに行き、いなくなってしまった時のことだ。私は、サイードの子守をしていたのに、自分の大好きな地勢図作りに夢中になっている間に、何処かへ行ってしまったのだ。どうにも見つからず、泣く泣く家に帰ったら、親父は俺の頭をゲンコツで殴り倒したんだった。サイードはいつもどこかへ行ってしまうやつだった。その時は、一晩明けてから、村の呪術師のミサイアにサイードの居所を見てもらって、呼び戻してもらった。あいつは、羽の生えた四つ足動物がやってきて、乗れと言ったから乗ったんだって言って、親父は面食らってた。

この村が、普通の村だけではないことは、起きている現象を観て、その背後に動いているものを感じたらわかることだ。だけど親父は、そのことを信じようとしない。少し前の文献には、網目に張り巡らされた情報によって、物事が動かされ、3次元的な現象が起きていることが当たり前であった。政治は、当然のように、それを知っていて、その声を聞いていたのだ。ところが親父の世代は、科学的なものをよしとして、収穫が増えた、獲物が大きい、などの目に見える結果のみを重視しすぎている。

サイードは、スワロフの下、それを取り戻すべく、エネルギーの足をつけているのだ。スワロフは、俺に言った。サイードを見守れ。サイードが行き、お前が見守る。サイードは、火のついた棒切れじゃ。1人ではすぐに燃えてしまう。お前が竃になれば、サイードのつけた火は長く燃え続けることが可能になる。お前らは、右と左で東と西じゃ。どちらが欠けても一つにならず、ひとつでは常に片端もの。サイードが持ち帰ったものを、根付かせるためにはお前さんの力が必要なのだ。それにより、2人の力はより強く、その道は、はっきりしたものになるだろう。お前も異国へ行きたいだろうと思うが、待つというのは、考えてみたら、大変重要な能力なのじゃ。1人が行ったら、1人は待たなければならぬ。そして誰かが、村長である親父に理解させなければ本当の改革は起こせん。それがお前ら兄弟の役目だ。

これから村に起こるであろう荒波を、私は子どもらに教えることをして、待つ。スワロフの言葉を胸にしまい、明日の授業のノートに戻るのであった。

木星 牡羊座18度 空のハンモック 3ハウス

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