苦しいとかつらいとか言葉にできず、ただ空を見ていた。
先日山に登った。山登りって、実は下ばかり見ている。足場が悪く足元を見ていないと危ない。登っているときは苦しいし、疲れてくる。
それでもふと、上を見ると壮大な景色が広がっている。高いところから見上げると、家も海も島も人も、苦しいのも、疲れたのも、哀しみも、傷ついたこともも、嫌なことも、みんな小さく見える。
空に近いところから、下を見る。
空から遠い地上から上を見る。
見上げるのが昼間でなく、夜だとしても。
仕事、恋愛、病気、人間関係、死、別れ。いろいろな想いを抱え、1日の終わりに駅からうちまで夜空を見上げて歩いていた頃を思い出しました。
夜に星を放つ 窪美澄
『星の随に』は小学4年生の「僕」が父親の再婚相手との微妙な溝をひとりで抱えているのが健気でせつなくって。それを助けてくれるのが血のつながりのない人でした。
その人は、戦争で東京が燃えた夜空を描いてました。
母さんに会いたい もっとたくさん会いたい、
「僕」が本当の気持ちを吐き出して、ほっとしました。
子どもは、「まにまに」するしかないけど、星が導いてくれたら。「僕」は『星座の図鑑』や『夏の星座の物語』を好んで読んでます。
父親に肩車されながら、夜空に手を伸ばしベガをのみ込みます。
健気さと強さと子どもらしさがあってこのシーンが好き。「僕」の中でひかり導いてくれる。
夜に星を放つ、というのも意志があっていい。
星は、それぞれその人によって違う。
なにもない人なんていない。傷ついたことのない人なんていない。哀しみを知らない人はいない。
深い井戸の底にいたことも、真っ暗なトンネルにいたことも、今まだそこにいる方も。
だけど、その中にいるときって、せつないだとか、さびしいだとか、悲しいだとか、不幸だとか、言葉にだす余裕もなくて。ただ日々を過ごしていて。
空を、夜空を見上げるしかない。
星をのみこんだり、抱えているものを空に放つことができたら。
前に進んでいきたい、と思える強くやさしい本です。