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山香「scene」に広がる風景


2021年10月末、大分県山香にあるsceneに足を運びました。

nice things.Issue63「扉を開けたいお店」で取材させていただいたsceneは佐藤恵美子さんが2020年春から営まれているお店です。

白い空間にはyasuhide onoのアクセサリーや、角田淳さんの器、〈野原〉の布の鞄や財布が並び、まるで作品たちが親しみを持ってそのsceneという場所に巡り出会ったようです。

実際、恵美子さんもお店で取り扱うものは作家が素材を大切にして作った作品や、敬意を込めて作られた作品を選んでいます。単なるギャラリーではなく、まるでモノや作品に宿る人の温度を信じてそれを伝えているような感じがします。

このお店に足を運ぶと必ず心惹かれる何かと出会える。そんな確信と共にその日もお店の扉を開けます。

すると器や衣服など様々なジャンルが並ぶ普段の常設とは違って、その日の店内は棚やテーブルに蝋燭が沢山並べられていました。

それは蝋燭作家〈rinn to hitsuji〉の個展「光芒のとき」が開催されていたため、通常とは違う作品の配置となっていました。

〈rinn to hitsuji〉として京都で活動を行う作家、鈴木りえさん(通称りんちゃん)は私も大好きな作家さんです。

りんちゃんの手がける蝋燭は全て手作りのためひとつとして同じものが存在しません。ソイワックスや菜種ワックス、蜜蝋などの自然素材を使用している様子から地球への優しい想いで作られた作品だと分かります。優しい手触りと、灯した時の炎のゆらめきが心地よく、またひとつひとつ異なった造形も魅力的です。

恵美子さんにとっても日常的に側にある存在というりんちゃんの蝋燭。常設でも大切に展示をして、個展を開催する際には京都まで訪れ、打ち合わせをされたと言います。

展示名の「光芒のとき」は秋の山香に広がる黄金色に満ちた一本一本のススキと、夜空に描くひとすじの流星を共に結びつけて名付けられました。
〈rinn to hitsuji〉の言葉にもある通り、りんちゃんの蝋燭の灯とは何かひとすじの光のようなものを感じます。その光はいつも優しく、穏やかで、暮らしにあると人々の心を癒やしてくれます。

蝋燭は淡い色合いのものや蜜蝋の黄色いものが多く、その優しい色合いがsceneの空間に優しく溶け込んでいました。

それは今ここに自分が居られることを共に蝋燭たちも喜んでくれているような。そのような温もりを感じました。

普段、京都で暮らすからこそ分かるのですが、京都から大分はそう簡単に行ける距離ではありません。けれども時間やお金がかかることよりもその場所に行きたい、そこで暮らしている人たちに会いたい。私はいつもその原動力に従って動きます。

だからこそ、わざわざ時間がかかってもsceneで目にできた展示の様子や作品たちの並ぶ光景に心が満たされて、祝福されているような気持ちになったのでしょう。

恵美子さんが展示の打ち合わせをしに京都へ来られた時も、りんちゃんが在廊のために山香へ足を運んだ時も、そこには時間やお金には換算できない価値があるように思えました。

その日も多くの来客があり、りんちゃんの蝋燭はひとりひとりに大切に選ばれてその人のもとへ旅立っていきました。その様子を嬉しそうに見守りながら丁寧に蝋燭を梱包していく恵美子さん。お客さんがりんちゃんとお話をしたり、作品をじっくりご覧になったり、お気に入りの作品を購入する光景は、人が作品と出会うことで、作り手のことを感じたり、作品の背景にある想いに触れたりという恵美子がこの展示を通して見たかった景色が広がっているようでした。

取材時に、モノを売るだけがお店の役割ではなく、作品が作られる過程や作家さんの人柄を伝えていきたいと仰っていた恵美子さんの言葉を思い出しました。いつもの日常に大切なものが組み合わさるだけで新しい景色になるのだとも仰っていて、人の手で作られるものやその経緯を愛しく思っているからこそ、今回の展示もひとりひとりのお客さんに届く時間になったのだと思います。

私自身、sceneを取材をする前から山香という場所にご縁があり〈山香デザイン室〉〈カテリーナ古楽器研究所〉〈山香文庫〉などひとつひとつの場所でお世話になってきました。〈scene〉さんをはじめ山香で暮らすみなさんの知恵や工夫を重ねて生きる暮らし方や自然に対する考え方にとても惹かれています。

山香に出会う前の自分は、価値のあることの意味を少し履き違えていたような気がします。
物事の優劣に囚われて、SNSや周囲が認める優れたものに価値があると思い込んでいました。

けれど、本当は優劣にこだわる必要などなく、自分が好きだと思った風景や事柄を素直に受け止められればいい。そう思えるようになったのは恵美子さんをはじめとする山香のみなさんの優しい心や思いやりに触れたからです。

sceneに並ぶ作品も恵美子さんが大切に選ばれています。恵美子さんの心のものさしやこれまでのご縁を通してsceneだけでしか目にできない作品たちの風景が今日も広がっていることでしょう。

大西文香

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