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【超円安の時代】円安が日本経済にプラスになる理由

相変わらず超円安が続いている。財務省による満を持しての乾坤一擲のドル売り円買い介入の効果もむなしく、ドル円相場は再び一ドル160円をあっさり超えてしまった。
最近の急激な物価上昇もあり、円安に対する非難の声が大きくなってきている。そして岸田政権は、インフレによる影響を緩和すべく、再び電気代とガソリン代への期限付きの補助金を復活させる意向らしい。
SNSなどでは、何かと非難の多いこの超円安政策だが、国内経済にとっては、実はメリットが大きな政策だ。
今回は、この超円安が日本経済にとって有用であることを論じてみたい。

トヨタを例に昭和と令和の違い

円安が日本経済にとって有用であることを理解するために、我が国を代表する企業のトヨタを例にとってみたい。

トヨタのスペック

日本人でトヨタの名前を知ら居ない人はいないだろうが、その内容となると株式投資をやる人でもないと知らないかもしれない。
<2024年3月期の数字は以下の通り>
売上:45兆095億円
粗利:5兆352億円
経常利益:6兆9650億円
純利益:4兆9440億円
経常利益率:11%

円安の影響で大幅に増えているが、ざっくりしたイメージとして40兆円の売り上げで5兆円程度の利益と覚えておくといい(円安以前は、30兆円の売り上げで3兆円弱の利益だった)。利益率は、これもざっくり8%前後と覚えておくといい。
因みにトヨタの売り上げは、大体Appleコンピューターと同じぐらいだ(ただしAppleの利益率はトヨタの三倍ある!!知ってた?)

昭和時代のトヨタ経由のお金の流れ

まず始めに極端な想定としてトヨタが自動車のすべてを全部国内の工場で生産して、全て輸出していたと仮定したと見よう。
その場合には、国内に全売り上げに相当する40兆円近い現金がドルで流れ込んでくる。もちろん最終的には、原材料の輸入コストとして、かなりの部分が海外に再流出するだろうが、それでも一旦は、売上の40兆円近いお金が、国内経済に流入することに変わりはない。

工員の賃金は、売上の半分

売上に占める人件費は、東証上場企業の平均で50%強だ。ちなみにトヨタは給料が高いのか、その比率は60%台だ。40兆円の売り上げのうち20兆円近くが人件費として直接工員の手に渡る。日本のGDPは600兆円程度だからトヨタ一社だけでGDPの3%強にもなる(下請け孫請けも加えるともっと高くなる。トヨタって凄い)。
この工員の給料は、当然ながら大半が消費に回る。毎日のご飯や、喫茶店でのコーヒー代、住宅ローンの支払いから車のローン、子供の塾代から、週末の遊園地や動物園などのレジャー代まで。さらに下世話な話になるが、パチンコ、スナック、ラブホテルから最後は風俗産業にまで流れ込む。
それは、まるで毛細血管を流れる血液のように経済の隅々にまで染み渡るように金が流れることになる。
昭和の時代の地方の経済は、このようにして輸出産業にぶら下がる形で回っていた。

平成の金詰り

では平成の時代はどうだろう。平成の時代には、バブル経済崩壊と円高のダブルパンチでトヨタをはじめとする製造業の多くが、海外に移転していった。産業の空洞化だ。

空洞化でお金の流れが干上がる

そこで今度は極端な想定として、トヨタが国内の工場を全て閉鎖して、全ての自動車を”海外生産し海外販売”した場合を考えてみよう。
その場合には、国内に流れ込むお金は、経常利益にあたる5兆円程度になってしまう。全量国内工場で生産していた時の八分の一だ。注意が必要なのは、生産地以外は、トヨタの業績に何ら変化がないことだ。
しかし国内で生産しなくなると、国内経済に回るお金の量が激減することになる。もう一度繰り返すが、八分の一に激減する。
金が回らなくなった地方では、そこそこ収入のあった工場労働者が激減する。そして工場で働いていた人の買い物に頼っていたスーパーなどの小売りや飲食から夜の業界まで売上が激減することになった。
これが平成の時代に日本で起きたことだ。

お金の流れが東京一極集中

平成の時代になると、工場の海外移転で国内に流れるお金の量が激減した。しかし問題はこれだけではない。お金の流れる場所が、「東京一極集中」になったのだ。
これは大企業の本社のほとんどが、東京に集中しているからだ。そして、この利益を受け取れるのは「大企業の正社員」が中心だ。
再びトヨタを例にとると、利益分は海外子会社などから日本の本社に送金されてくる。トヨタの本社で働いている一流大学出身のホワイトカラーやエンジニアなどの待遇に変化はない。
一方で地方経済には、お金が全く流れなくなってしまった。極端な話、田舎に外から流れ込むお金は、老人に支払われる「年金」(あとは地方交付税交付金)ぐらいになってしまった。
昭和の時代には、中卒や高卒でもトヨタの工場で働けば、結婚し子供を養うだけの収入を得ることが出来た。
しかし、平成になると満足な収入を得られる層は、一流大学を卒業し大企業で働く正社員(と正規の公務員)だけになってしまった。そりゃ少子高齢化が進むはずだ。

人も地方から東京へ

工場の海外移転でお金の流れが干上がってしまった地方からは、なんとか東京のお零れにあずかろうと、多くの人々が都会(特に「東京」)に殺到することになった。
ただし、東京で満足な収入を得るためには、厳しい条件がある。一流大学を卒業し、大企業の正社員や公務員になるか、または医者や弁護士、ITエンジニアなど高度なスキルが要求される仕事に就くことだ。
しかし、多くの地方出身者がこの厳しい条件を満たしていない。そこで彼ら低スキル労働者を待っていたのは、「低賃金」による「サービス産業」での一種の奴隷労働だ。
また限られた都市住民の需要を満たすべく、飲食業などの過当競争から価格競争が起きるのは必然だった。その究極の姿がウーバーイーツだろう。タワマンに住む大卒正社員のパワーカップルがオーダーした注文を地方出身の配達員が、雀の涙の手数料で届ける。ノマドワークとは名ばかりの現代の奴隷だ。
そして、これが「デフレ」の原因だ。

年金と介護

以前は公共工事が地方経済を支えるもう一つの柱だった。しかし21世紀に入り本格的に高齢化が始まると、肥大化する年金や介護などの社会保障費に政府予算の大半が消えることになる。1998年の金融危機の際に行われた16兆円にも及ぶ経済対策を最後に、国による公共工事の予算は激減することになる。今では三分の一の五兆円台だ。
そして輸出産業と公共工事に替わって地方経済を支えるようになったのが、高齢者による消費だ。公的年金に加えて、介護保険の資金が地方経済の主な担い手になっていった。実際に地方の介護施設の多くが地元の土建会社によって運営されている。
しかし高齢者の消費には限りがある。例えば新しくローンを組んで家を買うことは殆どないだろうし、車も軽自動車で十分だ。パチンコ屋は暇な老人で引き続き繁盛するだろうが、飲み屋や風俗に通う人は少なくなるだろう。
このようにして、地方経済は、年金や介護、医療によるお金が地域経済の主力になっていった。
ただし介護や年金には、元が政府予算のため上限があり成長力がない。限られたパイの奪い合いになり、最後は労働者を安い賃金で働かせることで利益を生み出すしかない。こうして地方経済は「デフレ」の沼に沈んでいくことになった。

インフレと超円安で状況激変

この平成デフレの状況を一変させたのが、令和のインフレと超円安だ。
コロナ明け後の2022年春に日本でもとうとうインフレが始まった。企業間の取引価格を基準にした企業物価指数は、既に前年から急激に上昇し始めていた。しかし企業は、消費者向けの値上げを躊躇していた。
消費者向け価格の値上げの転機になったのが、ロシアによるウクライナ侵攻だ。エネルギー価格が急騰したことから、企業が相次いで値上げに踏み切った。また4月には、前年に行われた携帯料金の引上げから一年が経過して、消費者物価指数を押し上げる結果となった。

超円安

2022年春から始まった円安が、この物価上昇の流れを確かなものにした。2022年3月には、当時の黒田総裁率いる日銀が、長期金利の上昇を抑えるために、所謂「指値オペ」を実施したことから、円の下落に拍車がかかった。

インバウンドで地方にお金が流れ出す

この円安を受けて国内サービス価格の上昇が始まった。まず上昇したのが、インバウンドの恩恵を直接受けるホテルなどの宿泊業だ。既に都内や主な観光地では、国際的な価格に近付いている。アパホテルクラスでも、都内では時期によっては3万円近い価格だ。以前は6千円程度から泊まれたことを考えると実質三倍から五倍近く値上がりしている。
飲食業でも同様だ。東京や関西、北海道などの観光地では、一杯三千円のラーメンから一万円の海鮮丼まで普通の日本人はおいそれと手が出せない価格の商品やサービスが次々に誕生している。
まだ観光地限定だが、地方にお金が再び流れ始めたのだ。
これが円安の最大の効果だろう。

円安効果で国内産業が復活

先日ニュースで興味深いニュースが流れた。それは、国産の牛肉と輸入牛肉の価格が逆転したというのだ。以前なら、スーパーで売られている国産牛の値段は、輸入牛肉の倍ほどあった。それが逆転したというのだ。

同じようなニュースとしては、お米の価格の高騰もある。天候不順による生産減に加えて、インバウンドによる需要増で、お米の価格がかつてなく上昇しているらしい。昭和や平成時代のコメ余りが嘘のようだ。これも円安効果だろう。全く将来性のなかったコメ農家がいよいよ復活するかもしれない。
そして次に話題になるのは、ズバリ”林業”だろう。既にインドネシアが木材の輸出を大幅に制限している。またウクライナ戦争の影響で、ロシアからの木材の輸入も滞っている。戦後長らく見捨てられていた日本の山が復活するのだ。

人手不足からの賃金上昇ドミノ

今のところ給与の上昇は物価上昇を下回っており、メディアを中心に実質賃金の低下を囃す向きが多い。
だが一方で、賃金の低い業界から賃金の高い業界や地方へ人の移動が起きているようだ。
有名な例を挙げると、九州のビジネスホテルから外国人スキーヤーで賑わう北海道のニセコのスキー場に転職して年収が倍以上になった例があるようだ。
また泣く子も黙る台湾のTSMCが進出した熊本では、建築業だけでなく、ビル清掃の時給が三千円になるなど、人手不足から賃金の高騰が起きているようだ。

全ての国民がITエンジニアになれるわけではない

SNSを見ていると今のところ円安批判一色だ。やれ日本破滅だ、日本政府が破産するだ、日本は貧しくなるというような話だ。
そしてそのような意見の後には、必ず米国のようにIT産業を興して、高付加価値産業を育てて云々の話が続く。
しかし、この手の話には穴がある。”全ての日本人が「ITエンジニア」になれるわけではない”のだ。以前として多くの国民が、小売りや飲食などのサービス業で働いている。また農業や漁業で働いている人も未だに多い(特に地方では)。
一流大学を卒業して大企業に勤める東京のパワーカップルや、株や不動産で儲ける富裕層だけが価値のある国民ではない。そして多くの国民が都会のパワーカップルの奴隷になっていいはずもない。
ある程度の格差は受け入れるべきだろうが、それがある限度を超えると、米国のトランプ現象や、欧州の極右台頭のような事態を招きかねない。
平成の30年の間に、地下のマグマのように溜まった社会や経済の歪みを矯正し調整する手段が、今の「超円安」なのだ。

今後必要な政策

メリットの多い円安だが、もちろん円安のデメリットを被る国民も沢山いるだろう。次に、そのようなデメリットを緩和する政策を上げてみたい。

インバウンドの高付加価値化

まず取り組むべきは、インバウンドの”高付加価値化”だろう。今は急激な円安もあり、世界中から観光客が押し寄せているが、今後は、受け入れる外国人観光客を選別すべきだ。ただ安く旅行したいバックパッカーのような旅行者は、日本の観光地から排除すべきだろう。
例えば、この夏から富士山登山の有料化が始まったが、今のところ入山料は、一律2000円とのことだ。しかし、今後は例えば、ガイド付きツアーに限定して、価格も10万円以上、もっと言えば50万円程度にしても問題ない。

インバウンド・ゾーンの設定

円安によるインバウンド・バブルで観光地の景気が良くなる一方で、オーバーツーリズムによる弊害も指摘され始めている。
その最大の被害者の一つが「京都」だろう。京都では観光客の増加で市バスが満員状態となり、市民が利用しづらくなっている。
また富士山で有名な山梨県の富士吉田市などでは、富士山の見えるコンビニなどが”栄えスポット”としてSNSで拡大してしまい、大勢の観光客が押し寄せて大変な事態になっている。
外国人観光客と住民の摩擦を避けるためにも、今後は観光客を積極的に受け入れるインバウンド地域と、住民の生活を守る地域を「線引き」する必要があるだろう。
極端な話をすると積極的に観光客を回遊させる「インバウンドゾーン」を設定して、交通機関やSNSなどを利用して、観光客を誘導していくのだ。
この面で政府の果たすべき役割は大きいだろう。

不動産価格の制御

円安に伴い、今後問題になりそうな分野として「不動産価格の高騰」があるだろう。海外では、インバウンドや海外からの直接投資の急増で一部の地域では不動産価格が上昇し始めている。
ロンドンや米西海岸などでは、家賃の高騰から庶民がアパートから追い出されて路上生活に追いやられる事態まで起きている。日本でも都心のマンション価格が平均一億円を超えるなど不動産バブルの様相を呈している。こうなると折角のインバウンドが社会不安を惹起しかねない。地価の上昇が観光地や商業地に限定されている限りは特に問題ないが、一般国民の住宅価格が賃金の上昇を大幅に上回ると社会的弱者への皺寄せが大きくなる。
都市計画法の用途地域や土地の利用制限などを通じて地価のコントロールが必要になるだろう。

困窮世帯への補助

物価上に対しては、相対的に所得の低い年金生活の高齢世帯やシングルマザーなどの低所得世帯には、給付金などで支援すればいい。今行われている電気代やガソリン代への補助に関しては、選挙対策ではないかとの批判もあろうが、政策としては適切なものだ。

超円安のあと

最後に今進行中の”超円安”の後に世の中はどうなるか考えてみたい。
円安と物価上昇が一巡した後は、その前と比べて国内の社会階級が大幅に変動することになるだろう。

ロスジェネの逆襲

最初に想定されるのが、平成の20年の間に低賃金の非正規雇用に苦しんできた”ロスジェネの逆襲”だ。今後は人手不足とインバウンドで、サービス業を中心に大幅な賃金上昇が期待できる。今50歳前後のロスジェネ世代の多くは、非正規雇用が多いこともあり70歳まで働かざるを得ないだろうが、あと20年間は高賃金で働くことが期待できる。彼らにとっては人生最後のチャンスになるだろう。

ゾンビ企業の没落

今まで”ロスジェネ”などの非正規雇用や、場合によっては外国人の技能実習生などを低賃金奴隷として使ってきた多くのゾンビ型中小企業が淘汰されるだろう。今後はまともな給料を支払えない企業は、存続が難しくなるだろう。

年金老人の没落

年金が主な収入の高齢者は、物価上昇と人手不足のダブルパンチに見舞われるだろう。ざっくりとした話としては、実質的な収入が最大で三割程度は減るだろう。ただし名目の年金額は、インフレスライドで上昇するので、多くの高齢者が年金が増えているのに生活が苦しいという状況に陥るだろう。
また今後は極端な人手不足が想定される。介護業界からインバウンドなどへの大規模な労働力の移動が予想されることから、満足な介護が受けられない高齢者が続出して、今以上に深刻な事態になるだろう。

それ程、悲観する必要はない

今進行中の”超円安”が一巡すると、国民の生活レベルは、全般的に低下するだろう。昭和の時代のように製造業が主力だった時代から、インバウンドなどが主力の時代になることから、所得レベルの全般的低下は避けられない。
ただ”飢え死にする”というような極端な話は起きないだろう。例えばオレンジに替わって国産のミカンを食べるとか、輸入牛肉に替わって鶏肉を食べるとか、その程度の差だ。
週末に家族で回転寿司や焼き肉は、一般家庭にとって贅沢になるだろうが、家族で食事をすれば、なんでも美味しいものだ。
一般庶民にとってハワイは無理になるかもしれないが、頑張れば東南アジアなら何とか海外旅行も行けるだろう。
それほど悲観するほどでもない。




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