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「ノンフィクション本大賞」受賞作が 佐々涼子さん『エンド・オブ・ライフ』に決定——「託されたものがあった。約束を果たせた」(受賞スピ―チより)

世の中にはこんな出来ごとがあったのか。こんな人がいたなんて! 事実はこんなに面白い――。世の中でほんとうに起きたことを扱うのがノンフィクション。こんなジャンルを応援する「Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞」も、今年で3年目を迎えました。全国の書店員さんからの投票で決まる、プロが選ぶ大賞です。

2020年の大賞に選ばれたのは、佐々涼子さんによる『エンド・オブ・ライフ』(集英社インターナショナル)で、トロフィーとともに取材支援費として100万円が贈られました。

本書のテーマは終末医療。重い病を抱え、「人生の最期」に臨む患者や家族を描いた作品です。今年の贈賞式は、新型コロナウイルスの感染防止の観点から、参加者をしぼった事前収録形式となりました。本作品を書くため、佐々さんが費やした時間は7年に及びます。なぜこんなにも長い時間を費やしたのか。いま、作家がノンフィクションを書く意味、読者がページをめくる醍醐味はどこにあるのか。佐々さんは受賞スピーチを通じて語りました。その全文を掲載します。

取材・文:岡本俊浩
写真:高橋宗正

佐々涼子さん受賞スピーチ

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佐々涼子さんの『エンド・オブ・ライフ』(写真提供:集英社インターナショナル)

ノンフィクションライターの佐々涼子です。

この度は素晴らしい賞をいただきまして、ありがとうございました。特別な賞だと思っております。読者に一番近い、書店員のみなさんが選んでくださった。全国で、本が大好きで、情熱と誇りを持って売ってくださっている書店員のみなさんがいらっしゃることを、存じ上げております。そのみなさんに選んでいただいたことを……あの、幸福に対する感度が鈍感でですね、なかなか自分が幸せになることが難しいんですけども……こういう賞をいただいて、誇りに思います! みなさん、ありがとうございました。

この作品は、2013年から今年2020年、7年がかりで書いた本です。京都に渡辺西賀茂診療所という患者さんに寄り添う、素晴らしい在宅医療をしていらっしゃる診療所があるという風に聞きまして、横浜の自宅から京都に通って取材を始めました。……本当に、奇跡のような素晴らしい瞬間をたくさん目撃しました。ああ、在宅(医療)っていうのは素晴らしいなという風に思いましたが、一方で私の家には寝たきりの母がいて、父が介護をしていて、素晴らしいだけじゃなくて大変なんだということを知っていて、どういう風にまとめたらいいかわからなくて、ずっと止まっていたものを2018年に訪問看護師で友人だった森山さんという方が末期のがんになってしまい、(森山さんとの)「共同執筆を」ということで、この本を再開したものです。

森山さんは元気なころからよく言っていました。

「看取りというのは、小さい子でも若い人でもとにかく経験した方がいい。人生は豊かなものだし、人はどういう風に生きるのか。生きてきたようにしか死ねない。亡くなった人は贈り物を残してくれる。悲嘆だけじゃなくて、幸福も置いていくのだ」

……でも、若いころだったので、頭ではわかっていてもピンときませんでした。……気がつけば、森山さんはこんなところに連れてきてくださって、ずっと書けなかった本が書けて、明るいところにわたしを導いてくれました。天国でもし見てくれたら、「ほらやっぱりね」っていう風に笑っているんじゃないかなと思います。

とにかくほっとしました。なんかこう、託されたものがあったので。約束を果たせたんじゃないかなと思います。森山さん、ありがとうございました。そして森山さんのご家族に感謝申し上げます。たくさんの医療関係者のみなさんに、大切なお話を聞かせていただきました。そして患者のみなさん、ご家族のみなさん、大変ななかで「幸福とは何か」「人生とは何か」「生きていくとはどういうことか」ということを教えてもらったように思います。

そして、本のなかにも登場してしまう両親に。結局のところ、わたしは人間というものを信じていると。どこか本のなかで、人生というのはいいものだとわかってしまうところがあって、それは両親に育ててもらったからだと思います。

本をつくるのは、ひとりではできないと思っていて、いつも「佐々涼子」というのはユニット名だと、グループ名だと、オーケストラだと言っております。2014年に『紙つなげ!』という本を書いてよりそう思ったんですけど、紙をつくってくださる人、印刷してくださる人、運んでくださる人、売ってくださる人……みんなが力を合わせてつくったのが、あの本だと思います。わたしは会ったこともない、名前も知らないたくさんの人に支えていただいて、本ができました。そして、このように素晴らしい賞をいただきました。……みなさんおめでとうございます。

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とりわけ集英社インターナショナルのみなさま、そして担当編集の田中伊織さんに感謝申し上げます。あの……ド素人で、ノンフィクションのノの字も知らないところから、こんなところまで連れてきてくれました。なにがすごかったかって、ノンフィクションなんて大変なところばっかりで、幸せとか楽しみとか、こんな、これっぽっちしか、感じることはなくて、あとはもう必死で大変で、できるかどうかもわかんなくて。それでも話してくださることは、ノンフィクションって面白いでしょ、ノンフィクションを読むとドキドキするでしょ、楽しいでしょって、いつもノンフィクションの喜びについて教えてくださいました。

大変だった。大変だったんで……こんな7年間もかかって待っててくれた。「ぼくはこの本はすごいと思う。いい本だと思うから、再開したら教えてください。ぼくのところに送ってください。読みますから」って待っててくださったので、この本は出来上がったと思います。最高の編集者です。ありがとうございます。

そして読者のみなさん。2014年に本を書いて以来、まったくご無沙汰になってしまい、いろんな人から「佐々、出版業界は回転が速い。あっという間にお前の名は忘れてしまって、誰も覚えてくれていない」と、そういう風に言われたことが何度かあります。

……でも、この本を書いて出したときに、読者のみなさんからいただいたのは「お帰りなさい」と「待っていました」という声でした。多くの人からお手紙をいただいたり、感想文をいただいたり、書評をいただいたりしました。みなさんに支えていただいて、本も成長し、わたしも支えられております。読者のみなさん、ありがとうございました。

そしてまだ見ぬ読者のみなさん、わたしはこう思います。

ノンフィクションっていうのは人生を豊かにするものだ。わたしたちの人生は一回限りで、過去に戻ってやり直すこともできません。代えもききません。死んでしまったら「あー、やっぱりまずかった」といって蘇ることもできない。一回限りの人生ですが、ノンフィクションを読めば、そこには先を行く人がわたしたちの行く手を照らしてくれています。一回限りの人生ですが、5倍にも10倍にも、100倍にも人生が豊かになる可能性を秘めています。ぜひ、書店に足をお運びください。そして迷ったときにはノンフィクションの棚を覗いてみてください。ノンフィクション作家のみなさんが、本に書かれた人たちが、必死の思いで伝えてくれていることを読んでみてください。豊かに、幸せになるヒントが隠されているように思います。本のなかでお会いしたいと思います。書店でお会いしたいと思います。本日はありがとうございました。

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取材を終えて

今年の授賞式は、例年のように報道関係者の出席はありませんでした。スピーチに耳を傾けるのは、版元の集英社インターナショナル関係者の方と本屋大賞関係者、運営スタッフの限られた人数だけ。それでもスピーチが終わると、幾重にも重なった大きな拍手が響きました。まるで、佐々さんの言葉の熱が乗り移ったかのようでした。

佐々さんは、スピーチ終了後のインタビューで「受賞の報告を受けたとき、安堵で腰が抜けました。書店に並んだときが1回目。2回目は受賞の一報でした。取材対象から託されたものに、やっと応えることができました」とも答えていました。佐々涼子さんが全身全霊をかけて応えたものとはなんだったのか。『エンド・オブ・ライフ』をぜひ読んでみてください。

『エンド・オブ・ライフ』(集英社インターナショナル)

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