見出し画像

【私小説】好きだったモノ①─音楽の話─

 中学一年の終わりから中二の冬までのことを一通り話してきた。

 中学一年の終わりから中二の終わりまでは、嫌なこともそれなりにはあった。けれども、まだ心の中に一抹の明るさがあった。それがあったおかげで、楽しいことは楽しい、嬉しいことは素直に嬉しいと感じることができていた。そして、誰かを信じようとする心があった。

 このまま成長していれば、精神を病んでしまうこともなく、私はもっとマシな人生を送っていただろう。普通に高校を卒業して、大学や専門学校へ行くなり就職するなりし、忙しない日々を送る。プライベートでは、それなりに趣味を楽しんだり、運が良ければ結婚し、子どもの一人や二人でも作って一人の父親として楽しく暮らしていたりしたかもしれない。何がどうであれ、ヒトと同じような幸せを享受していたのは確実だ。

 けれども、運命というものは非道いもので、いつも私に残酷な結果を見せつける。これでもかというほどに、私を痛ぶってくるのだ。

 おかげで私は、精神をやられてしまい、東京の片隅で若隠居として日々暮らしている。

 それでも自殺もせず、ここまで生きてこれたのは、好きだったヒトやモノがあったからだと私は考えている。好きだったヒトやモノが、不安定な存在である私を現世に引き留めていた命綱だったのだ。


   ※


 そんな私の命綱と出会ったのが、中学一年の終わりから中二のころだった。高校生だったころ、退学してどこにも居場所が無かったころ、隠居してから好きになったモノもたくさんある。けれども、私の命を何度も救っているのは、中学一年の終わりから中二のころに出会った好きなモノだった。

 中学一年の終わりから中二のころというのは、良くも悪くも私の見える世界が変わっていった。ただつまらない日々の繰り返しが、これらのおかげで急に華やいだものになった。

 もし仮にだが、一緒にいて心から楽しいと思えるヒトだけでなく、モノにも出会っていなかったら、本当に死んでいただろう。


 音楽の方はスピッツの曲をよく聴くようになった。

 他にもDo as infinityとか、BUMP OF CHIKENとかも聴くようになった。この二つも何回もリピートするほど聴いている。

 けれども、当時出会った音楽の中でよく聴いていたのがスピッツの曲だったから、その思い出を例に話していこう。

 初めて聴いたのは、中学1年の終わりの春休み、ちょうど桜が満開になる時期だ。

 家にあったポケットラジオで音楽番組を聴いていた。そのときに『チェリー』が流れていた。

 ほんわかとしたイントロと歌いだしを聴いたとき、

(いい歌だな……)

 と思った。春らしくて、聴いていると情景が瞼の裏側にはっきりと浮かんでくる感じがした。あと、歌詞もいい。よく聴いていると、一つの物語になっている。

 聴き終わったときには、一つの小説や映画を見終えたような気分になっていた。脱力感と達成感を合わせたような気分。一言で言い現わすとこんな感じか。

(そういえば、スピッツって『チェリー』以外にどんな曲歌ってるんだろう?)

 気になった私は、自転車を出して隣町にあるブックオフへ行くことにした。CDを買うため、やわらかな日射しが降り注ぐ街の中を駆け抜ける。

 買ったのは、青いところに規則的に貝殻が置かれたものだった。少し高かったが、CDの中に『チェリー』があるものを探したらこれしかなかったので、仕方なく選んだ感じだが。

 ラジカセにCDを入れて聴いてみる。

 最初に流れてきたのは、『ヒバリのこころ』という曲だった。ザ・ロックと言わんばかりなイントロと同時に、小説の書き出しのような歌い出しが耳に入ってきた。

 そして『空も飛べるはず』、『ロビンソン』、『チェリー』といった感じで聴いた。この三つは特に気に入っているから、毎日のように聴いている。

 スピッツ以外のアーティストの曲も同じように、ラジオやTVで偶然耳にして気に入っては、CDを借りてそれを何度も聴いていた。

 そして、歌い出しがいいなとか、間奏いいな、といった感じで一人で批評したり、歌詞にはどんな意味があるのかと考えたりしていた。

 無意味だけれど、こうして歌を聴いて、メロディや歌詞について何か感じたり考えたりする時間は、嫌なことを忘れられるので、好きだった。

 私がもしピアノやらギターが弾けて、歌も上手だったなら、何かしらの曲を歌い、動画にするなどしていただろう。


 クラス替えの発表から帰っているとき、ふいに『チェリー』のサビの部分を口ずさんだことがあった。

 私が口ずさんだ歌に興味を持った多田くんは、それ何の歌? と聞いてきた。

 からかうような口調で私は、

「知りたい?」

 と聞いて微笑んだ。

「わかんない」

 けろっとした感じで、多田くんは答えた。

「ヒントは──」

 桜、と言おうとしたときに、隣にいた三浦くんは、

「スピッツの『チェリー』じゃないかね?」

 と答えた。

「うん、正解」

「陽気な感じの歌詞でわかった。それと、何回も聴いてるから」

「なんで最初からスピッツの『チェリー』って答えないんだよ~」

 当てられなかった多田くんは、くやしそうに私の方を見ていた。

 こんな感じで、私は音楽に関する話題を出しては、多田くんが何の歌か聞いてくる。

 考えているときの多田くんのリアクションを見るのが、少し楽しかった。結局は三浦くんが答えるから、最初からそう言ってよ、と突っ込まれて終わるのだけど。

 このとき出会った曲は、単なる私の心の安らぎだけでなく、コミュニケーションツールにもなっていた。


 それまでは音楽にはあまり関心は無かった。テレビのニュースや時折見る音楽番組を見て、こんな曲が今流行ってんだ、くらいの認識でいた。だが、いろいろな曲を聴くようになってからは、話題の幅も少し広がっていった。やはり歌というのはいい。


前の話

次の話


書いた記事が面白いと思った方は、サポートお願いします!