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【私小説】友達のこと その③ 真面目なあの子

「当時、私には両手で数えられるほどの友達がいた」

 以前私はそう話していた。けれども、話すのは三浦くんと多田くんの話ばかりなので、

「実際はこの2人しかいなかったんじゃないか?」

 と思った人もいるだろう。この2人とは、両手で数えられるほどしかいない友達の中でも、格別に長い時間を過ごしている。それゆえ、語ることがどうしても多くなってしまうのだ。

 だが、それでは冒頭に挙げたこの言葉が嘘になってしまうので、この機に話してしまおうと思う。


   ※


 多田くんのいるクラスに、みっくんという男子生徒がいる。

 背は低くて土竜のような顔をした、風采の上がらない少年だ。

 成績はというと、私と多田くんと同じ、補習授業組の仲間である。ただ、私や多田くんと違うのは、授業中寝ないで起きているということだろうか。

 みっくんが私や三浦くんのように授業中に寝たり、宿題をやって来なかったりといった話は聞いたことがない。夏休み明けに宿題を回収するのだが、そのときもしっかりと出していた。私や多田くんと同じで勉強ができない性分だったから、本当に自分でやってきたのかどうかまでは少し怪しいが。

 もし仮に自分でやっていないのだとしても立派だと思う。最初から腐ってやらないよりも、答えを見てでもいいからやろうとするのは。本当は答えを見るのはよくないことなのだが。


 みっくんは三浦くんと反りが合わない。

 きっと、彼の持っている「変に生真面目なところ」と、三浦くんの「怠惰な性」が合わないのだろう。

 それが如実に表れていたのが、この前の体育の自由時間だろう。

 10月の初め。このとき、いつも授業を受け持っている体育の先生の一人が出張でいなかった。それでその先生が受け持っていた男子のソフトボールが中止になったので、体育館を自由に使っていいということになった。

 体育の自由時間になると、私と三浦くんは物置に行って、いつも愚痴を言ったり、雑談をしたりしていた。ときどき多田くんも入って、3人楽しく他愛もない雑談に興じていた。

 ここだけ切り取ると、不真面目な少年がくだらない話で盛り上がっているという平和な構図になる。だが、ここにみっくんが入ると、三浦くんと口論を始めるので修羅場となった。

 準備運動を済ませたあと、みんな各々で好きなスポーツを楽しんでいる。

 一方、私と三浦くんは見張りの先生の目を盗んで、いつものように愚痴や雑談をしていた。

 前半は恒例の三浦くんの愚痴大会だった。後半からは私が

「あー、またお前たちサボってる」

「サボって悪いかよ」

「授業中なんだから、動かないと」

 みっくんの忠告に、三浦くんは大笑いしながら、

「何? 運動に関しては無能なわたしたちにも動けとね。君は変なことを言う」

 と言い返した。

「そりゃあ、授業中なんだし」

「君は『やる気のある無能』ほど害悪になるということは知らんのかね?」

「は? 意味わかんない」

「仮にわたしや健くんが出たとしても、足手まといにしかならないのは、わかるだろう? それゆえに、ただ奴らを怒らせるだけにしかならない。それすらもわからない君は、健くん以上に頭が足りないのではないかね?」

 煽るような口調で、三浦くんはみっくんの「授業中なんだから」という言葉に反論した。

 側で聞いていて思うのだが、健くん以上に頭が足りない、というのは正直余計だと思う。けれども、三浦くんの言っていることは間違いではない。体育の授業では、人よりも運動神経が悪い人間は、とことん文句を言われる。やる気があっても、能力が伴っていなければ何を言われるかわからないから怖い。

 顔を真っ赤にしたみっくんは、しばらく黙り込んだあと、

「足手まといにしかならなくても、やらなきゃいけないものはやらなきゃダメなの」

 と少し大き目な声で言った。

 からかうように三浦くんは言い返す。

「はい、論破。君は引き際のわからない男だねぇ。何を言っても、授業中だから、としか反論できない。君は体育の授業を頑張るより、国語や軍学の勉強でもしたらどうかね。一番罪なやる気のある無能さん」

「このぉ!」

 頭に青筋を浮かべたみっくんは、三浦くんに向かって殴りかかってきた。

「ちょ、話し合いに暴力はいかんでしょ。ほれ、逃げるぞ、健」

 顔を青くした三浦くんは、私の手首をつかんでものすごい速さで逃げ出した。

「ちょ!」

 突然のことに混乱している私。後ろからみっくんが、鬼の形相でこちらへ追いかけてくる。

 三浦くんは、スタジャンくんと遊んでいた多田くんのところへ来て、

「助けて……。殺される」

 と今にも泣き出しそうな声で言って、多田くんの後ろへ隠れた。さっきまでの「論破」と言っていた威勢はどこへ行ったのか。

「おい、俺を巻き込むな」

 ラケットを持った多田くんは、困惑した様子で三浦くんと私の目の前に立っている。

 遊んでいるのを邪魔されてしびれを切らしたスタジャンくんは、

「おい、てめぇ邪魔するな。あっち行け。やるんだったらラケット持ってこい」

 と大きな声で一喝した。

 みっくんは今にも泣きそうな様子で、はい、三浦くんは不真面目そうに、へいへい、と返事をした。

「まあ、お前たちもラケットと羽根持ってきてやろうや」

 多田くんの提案により、残りの体育の時間は、私を含めた5人でバトミントンをすることになった。

 こうした衝突を、みっくんはいつも友達と繰り広げていた。きっと彼の持つ頑固なところが、そうした衝突を招いていたのだろう。そう私は考えている。

 それでも、みんな彼のことをのけ者にしようとしたり、よってたかっていじめたりしなかった。ただひとりを除いては。


 時々みっくんと帰っていたことがある。

 帰っているときのみっくんは、よく石を蹴っていた。小柄な容姿と子どもっぽい仕草も相まってか、学ランさえ着ていなければ、小学校高学年くらいの男の子に見える。

 田んぼから国道へ出た。石を蹴るのを止めたみっくんは、小さく、暗い声で私の名前を呼んだ。

「ん?」

 先ほどよりも暗い声色でみっくんは、

「お前もおれが無能だからって言って、陰でバカにしてるんだろう?」

 とつぶやくように言った。

「そ、そんな」

「それぐらいわかってるよ。でも、おれは頑張り続ける。無能でも、頑張っていれば誰かが見てくれる」

「そう──」

 それだけしか私は言わなかった。

 正直なことを言えば、私はそうは思わない。

 どんなに才能があっても、それが力ある誰かに認められたり、広く周知されたりしなければ意味がない。勉強や部活もそれと同じだと思うのだ。併願や推薦、AO入試はその最たるもので、勉強や部活、学校内で高校の偉い人を納得させるほどの何かしらの功績を残していないと不利になってしまう。

 また、認められるかどうかについては「運」という要素も大きく関係している。偉い人に、そして時代に選ばれる運が。

 それゆえに私は、彼の論調を否定的に感じている。だから、そう、としか返さなかった。

「話変えよっか」

 二人の間に少し気まずい空気が流れていたので、私は話題を変えた。

 少し離れたところにある信号を渡り、彼を家の前まで送ってその足で図書館へと寄り道した。


   ※


 彼と会わなくなってから、もう7年の歳月が経った。今どこで何をしているのだろうか。世を捨てた身となった今でも、こうして彼のことを気にかけている。

 時々夢に出てくるのは、彼の健気なところ、変に意思の強いところが強く印象に残っているからだろうか。


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