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夏休みの話②(お盆時)─花火大会と親戚の話─

 お盆時は、とても憂鬱だった。唯一の休みだったというのに心が落ち着かない。

 外へ出れば暑いし、陽ざしは強いし。

 これらはまだ、自然現象なので諦めがついた。大村益次郎ではないが、夏は暑いのが普通だからだ。だから、暑いのも陽ざしが強いのも全て承知の上で、外出していた。

 夏の暑さと陽ざしの眩しさ。これらよりももっと嫌なイベントが、お盆にはあった。


 お盆も中ごろになった日のこと。目覚めたばかりのコウモリが飛び始める時間帯に、私は家を密かに抜け出した。ウエストポーチにカメラと財布を詰め込んで。そして、バスと電車を乗り継いで隣町へやってきた。

 駅のホームで待っていると、

「やあ」

 三浦くんがやってきた。青白く細い身体に銀縁のメガネが、深緑色の浴衣によく似あっている。

「来たか」

「それでは、行こうか」

 私と三浦くんは、駅を出て河川敷へと向かった。

 街中には友達やカップル同士で来ている学生、家族連れでごった返していた。

「恨めしいねぇ。浴衣姿のカップルは」

 扇子を扇ぎながら、

「なら、お前も作ればいいのに」

「嫌だね。いろいろ金はかかるし、面倒くさいし」

「そうか。わかる気がする」

「それよりも、夕食の方は食べたかい?」

 扇子をとじた三浦くんは私に聞く。

 私は首を横に振って、食べてない、と答えた。

「そうかい。なら、近くで屋台をやっているから、そこで何かを買ってくるといい」

「わかった」

 そう言って私は屋台へ向かおうとしたときに、三浦くんは、

「あ」

 と何かを思いついたようにつぶやいて、

「わたあめ買ってきて」

 私に小銭をいくらか渡した。

「はいはい」

 そう言って私は、混雑している屋台の通りへ向かった。

 河川敷で夕食を取ったり、雑談をしたりしながら、二人で花火が上がるのを待った。


 花火大会が始まった。

「きれいだねぇ」

 いつもひねくれた発言ばかりしている三浦くんも、このときは年相応の少年の目で、打ちあがる花火を見ている。

「うん」

 やっぱり花火はいいものだ。

 橙色、青、緑、紫、赤。色とりどりの花火が、闇夜のキャンバスを彩ってゆく。数回ごとに普通の物より大きなものや連発するものが打ちあがったので、飽きない。花火の爆発音に混じって子どもの「たまやー!」と叫ぶ声が聞こえてくるのがまた微笑ましい。

(せっかく花火大会来たんだから、撮らなくちゃな)

 私はウエストポーチから持ってきたカメラを取り出し、写真を撮った。

 小さい花火。大きい花火。橙色の花火。緑色の花火。大きさが違う色とりどりの花火を写真に収めてゆく。

 写真を撮ったあと、三浦くんが顔を近づけてきた。平安貴族のように扇子を口元に近づけて、

「後で見せておくれ。できればデータもくれると助かる」

 とささやいた。

「はいはい」

 再び夜空のキャンバスにカメラを私は向ける。

 そんなことをしながら花火を見ていると、気が付けば終盤へと入っていた。

 スピーカーからは、いかにも年齢のわかる甲高く大きな声で、

「いよいよお待ちかね、スターマインでございます!!」

 と流れた。

(これは写真じゃなくて動画を撮らねば……)

 動画で撮らないと。

 写真でも構わないけど、こういうのは動画にして保存した方がいい。その方が、いつでもこの感動を臨場感持って味わえる。たったそれだけのことなのだけど。

 カメラの機能を動画撮影に変え、撮影しようとしたときに、腕をつかまれた。

 誰? と思って振り返ると、

「見つけた」

 母親の姿だった。

「ちょっ、離して」

 必死で抵抗しようとする私。パニックになって、どうしたらいいかわからない。そして叔父がやってきて、無抵抗の私の腹を思いっきり蹴った。 

(目が……。とおくなる……)

 徐々に私の意識は遠のいてゆく。

 気絶するときに目の前にあったのは、必死で電話をかける三浦くんと憤怒の表情で私を見つめる母親の顔だった。


   ※


 夏休み前の部活終わりに私が花火大会に誘った理由。それは、単に花火を見たいというのもある。だが、それ以上に、

「親戚の集まりに行きたくない」

 ということが大きかった。

 親戚との顔合わせは、正直憂鬱だった。

 彼らが私と顔を合わせたときに、いつも私に、

「人以上に頑張れ」

 と言ってくるのだ。

 人並み、あるいはそれ以上の能力を持って生きている人間にとってみれば、彼らの話に耳を傾けてあげても問題はない。だが、私のように「人並みに頑張れない人間」にとってはいい気持ちはしない。私という存在そのものが否定されているような感じを強く感じて、控えめに言っていい気分がしない。それに答えなくても悪しざまに言われるから、たまったものではない。

 それが嫌で、私はお盆時にやる花火大会へ行こうと考えついた。たとえそれが常套句に近い何かだったとしても、答えるのが億劫で怖い。それだけのことなのだ。

 正直な私の気持ちを話したとて、本当の気持ちをわかってくれる人間は誰一人いない。


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