闇SF「しあわせの理由」グレッグ・イーガンを読む
闇SFと聞くと何を思い浮かべるだろうか。「港の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった。」サイバーパンクの金字塔と呼ばれるギブスンの「ニューロマンサー」も闇SFだが、今回紹介する本はひと味違う。
闇SF。それはイリーガルでモラルを無視したテクノロジーが日常的に関与してくる世界だ。もちろん”モラル”を守り、安全で低リスクなテクノロジーも存在する。しかしその恩威を授かるのは一部の特権階級のみ。あなたのようなしがない労働者は保険会社の理不尽な契約通りに最低限の恩威のみを授かることができる。高額な借金を背負うか、あるいは怪しい企業の新薬実験に参加するか…何れにせよ、選択の余地はある。
闇SFは、日本のような優しい福祉社会ではない。捨てられる人は捨てられ、生きられる人は生き続ける。例えその”生きている”という状態が死より辛いことであっても。
アメリカのような、”ビジネスのための医療”の行く末でもある。
本作「しあわせの理由」は、現代にすごく似た、ちょっと先の未来を描いた短編集である。
人間と豹のキメラを作り出し、絵画の完全再現を目指す死んだはずの芸術家。重症を負った夫の脳を保管するために身籠った妻。失われた脳の部位としあわせな日々を、義神経によって取り戻そうとする少年。未来人によって作り出されたワームホールから市民を救いだす救助隊員。さらには未来の量子サッカーの様子も描く。
闇SFの世界はディストピアではない。今すぐそこにある近未来の一つの姿なのだ。
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