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留学日記

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23.9.10.- スイスでの留学生活。不定期更新。
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記事一覧

留学日記#84 24.3.26.

留学日記#84 24.3.26.

 久しぶりにフランス人のタンデムに会う。ここのところ帰国を意識するようになった。できることをできる範囲でしよう。二か月ぶりのタンデムは相変わらず愛嬌があった。チュクチュクチュク…という謎のオノマトペを何につけても口ずさむのが可笑しい。一時間話した。最初に話したときと比べてはるかに円滑に話せるようになっている。何せ最初はほとんど意志の疎通ができないくらいだった。朝から就活の落選の通知で落ち込んでいた

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留学日記#83 24.3.25.

留学日記#83 24.3.25.

 一様に広がる空間がある面積によって遮られる。そんなイメージがある。色の広がりが他の色に切り取られると言い換えてもよい。以前東アジアアソシエーションの上映会で観た『彼らが本気で編むときは、』では、いくつかのショットが海と砂浜、桜と草むら、空とベランダといったふうに二色に裁断されていた。どうしてか惹かれた。そのころから色が色に切り取られる画に敏感になっている。

 もしかしたらこの感覚は寮の部屋の窓

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留学日記#82 24.3.24.

留学日記#82 24.3.24.

 マゾッホ紹介を読んで吉本隆明のオンライン読書会に参加する。会のあとにはメリメ『カルメン』を読み進めた。終始主人公が出来事に対して距離を取っていて、読んでいて心地よかった。何でもかんでも語り尽くせばよいというものではない。今一度自分の文体を見つめ直す必要がある。主にこの日記についてだ。書きたいときに書きたいぶん好きなだけ書いているようではいけない。のかもしれない。わからない。匙加減は日記の捉え方次

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留学日記#81 24.3.23.

留学日記#81 24.3.23.

 今日から就活をしようと思っていたのに何にも手をつけずに一日を終えてしまった。部屋から出るのが面倒で棚に置いていたりんごを三つすべて食べきった。マゾッホ紹介を読み返しながら批評と臨床について考える。あらゆる医学は結局言葉で書かれ説かれる。ドゥルーズが医学に文学性を見出す所以である。その点においてマゾッホ紹介とは、ドゥルーズが批評家としての医者に比肩し、マゾッホを彼なりに読み替えようとする試みだと言

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留学日記#80 24.3.22.

留学日記#80 24.3.22.

 日本人二人と旧市街で朝カフェ。誕生日なんだよと言ったら奢ってくれた。一人先に帰ってオンライン家庭教師をしていたら、二人からまた連絡をもらって、午後にも僕の部屋でお茶することになった。わざわざケーキを用意してくれていて、他にもマリアージュ・フレールのアールグレイ、パリのクッキー、スイスのちょっと高い赤ワインにジンとあまりにも贅沢な品揃え。どれも味わいに品があって、フォークを持つ手が自然とゆっくりに

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留学日記#79 24.3.20.

留学日記#79 24.3.20.

 就活のせいで気分が悪くなる。面接で自分を否定されたり、あえて脳を疲れさせるようなテストを繰り返し解いたりしていると、結果が出る前から不安になって気が滅入ってしまう。特にWEBテストは酷い。今日は二社ぶん解いて出したが、「美しいものは好きか」、「手先は器用か」、「人混みは嫌いか」「出しゃばるほうか」「議論の矛盾をすぐに見つけてしまうか」…こんな質問を一日に300問も受けていたら気が詰まるのも突然だ

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留学日記#78 24.3.19.

留学日記#78 24.3.19.

 朝三時から面接で大失敗を喫する。不貞寝。起きても何をするにも億劫でもう一度寝た。気づくと夕方になっていて、人と会う約束を完全に寝過ごしてしまっていた。平謝りして旧市街前へと急ぐ。旧市街前には長い長いベンチがある。世界一長いという噂を耳にしたことがあるが真偽は確かではない。春になって暖かくなってきたからか、ベンチに添うようにしていくつものグループが夕焼けを見に集まっていた。隣の男性たちはビールを片

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留学日記#77 24.3.17.

留学日記#77 24.3.17.

 日本の高校・大学同期二人とオンライン読書会。吉本隆明『共同幻想論』の序を読み合わせる。マルクスの唯物論を極端に突き詰めたスターリン主義とは別の枠組みを目指して、幻想という人間的かつ想像的な領域が構想されてゆく。個人、対、共同と三つの次元に区分するのはあたかも精神分析かのようだが、言語は社会構造ではなく個人に根差したものだということが繰り返して強調される。それは自我の擁護とも言えるだろうし、自我と

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留学日記#76 24.3.16.

留学日記#76 24.3.16.

 近くの川まで散歩する。小さな崖のように切り出ている獣道を通ると橋梁下に着いた。虎のグラフィティアートを背にして川の流れを眺める。鳥が数羽、行ったり来たりしている。橋の裏が青空で挟まれている。似たような光景は日本にもいくらでもあるだろう。それでも今後の人生であと何回ここに来れるかと考えると切ない気分になった。最近、帰国に想いを馳せるようになった。留学も残すところあと三か月と少し。

 ある人を小説

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留学日記#75 24.3.15.

留学日記#75 24.3.15.

 文章を書きたくない。筆が進まない。それでも書く。

 前日のシーシャが散らかっていて、その片付けが億劫だった。片付けないと作業できないのに片付ける気が起きないものだからずっとベットに突っ伏していた。それでもたくさんの人から連絡が来たり、キッチンに行くたびに誰かしらとすれ違ったり、はたまた突然部屋に人が来たりもする。寮という生活空間は本当ににぎやかな場所だと思う。一人暮らしをしている頃だったら一日

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留学日記#74 24.3.14.

留学日記#74 24.3.14.

 日本人に誘われて、朝八時からカフェに行く。寮からバスに乗って十数分のところに、駅やレマン湖などジュネーブの中心部がある。今回行ったのはそのすぐ近くにある旧市街。ほとんどの建物が石畳でできていて、空気が歴史を感じさせる。町は侵攻を想定して設計されていて、道があちこちに入り組んでいたり、いくつもの傾斜が交錯していたりする。歩いているだけで、近世の街並みを冒険しているかのような気分になる。三軒のカフェ

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留学日記#73 24.3.11.

留学日記#73 24.3.11.

 コーヒーを淹れにキッチンに行くと、フラットメイトのインド人が朝から手の込んだ朝食を作っていた。こっちに来てから旅行行ったことある? と聞いてみる。英仏問わず教科書の例文程度の質問しかできないが、温和そうな相手を狙って話しかけてみることにしている。ぺらぺらと答えてくれたが、半分くらいはわからない。たぶんフランスとかに行ったみたい。気にせずに今度スペイン行きたいんだよねと返すと、プリンプリン、チュリ

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留学日記#72 24.3.10.

留学日記#72 24.3.10.

 読む歓びがあるなら書く歓びもある。それは書きたいときも書きたくないときも書き続けて初めて見えてくる。東村アキコが美大受験を通して漫画家になるまでを描いたエッセイ漫画『かくかくしかじか』は、まさに見ることではなく描くことの歓びを綴ったものだった。しかしその過程には「先生」という、芸術人生における強烈な父がいた。ゆえに本作は描くこととマッチョイズムを重ね合わせるようにして締めくくられる。マゾヒストは

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留学日記#71 24.3.9.

留学日記#71 24.3.9.

 日本人とお菓子作り。同じメンバーで定期的に寄り合っている。今回はりんごのクッキーを作った。最初はアップルパイを作る予定だったが、パイ生地がどうも手に入らなかったので、手持ちの材料で作れるようにレシピを変えた。何度もお菓子を作ってきただけあって皆基本が板についてきている。気づいたときには誰かが洗い物やらオーブンの予熱やらをすでに済ませてくれている。途中キッチンにモロッコ人が来たのでおすそ分けしてあ

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