留学日記#73 24.3.11.
コーヒーを淹れにキッチンに行くと、フラットメイトのインド人が朝から手の込んだ朝食を作っていた。こっちに来てから旅行行ったことある? と聞いてみる。英仏問わず教科書の例文程度の質問しかできないが、温和そうな相手を狙って話しかけてみることにしている。ぺらぺらと答えてくれたが、半分くらいはわからない。たぶんフランスとかに行ったみたい。気にせずに今度スペイン行きたいんだよねと返すと、プリンプリン、チュリンチュリンと訳のわからない質問を投げかけてきた。五回くらい聞き返したところで、planeかtrainかを尋ねられているのだとわかった。二人で大笑いした。
フランス語の授業。月曜日は水曜日のほうよりややレベルが低くて受けやすい。特に僕の席の周りに座っているオーストラリア人、中国人、イギリス人が皆押しなべてポンコツなので、グループワークで言葉に詰まっても堂々と黙っていられる。授業中、隣の中国人の子がおもむろにベレー帽をかぶり出した。よく似合っていた。
吉本隆明『共同幻想論』を読んでいたら何もやる気が起きなくなってしまった。就活も手につかない。ネットサーフィンをしながら、早く寝よう、寝る前に夜風を浴びようと思い立ち、外の喫煙所に出向くと知り合いの日本人がすでに一服している。煙草三本ぶん談笑する。太宰治『グッドバイ』を読み始めたことや、創作の意欲が湧いてきていることを教えてくれた。応援するよと繰り返し伝えた。話の中で僕の煙草代が毎月三万円もかかっているとわかって大声が出た。
夜にネットサーフィンしたときまでずっと忘れていた。今日は3月11日だった。グループワークでは核汚染について語ってすらいたのに。時だけでなく位置すらあの日から遠く離れた今、ここで、僕は本当に忘れてしまっていた。
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