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Kagura古都鎌倉奇譚【壱ノ怪】星月ノ井、千年の刻待ち人(13)

13:かぐら、陰陽に踊る

「さて、おいでなすったようだな。藍子。小舞千。神楽君をよろしくな」
「ええ」
「うん」


少しのツマミと酒で散々話していた益興(ますおき)はいつのまにか酒を飲み干してどこか天井の向こうを見ながら立ち上がって、いたって普通に彼女たちに声をかけた。
そして、当たり前のように彼女たちは返事をして藍子さんは自分の左斜め後ろ、小舞千は自分の右斜め前で益興(ますおき)さんと同じ方向を見ている。


狐少女はそのままテーブルで酒と甘味という、激烈に合わないツマミで飲んでいる。烏天狗はというと忙しなくあたりをぐるぐると見ていた。


「んー!!こりゃすげぇ!大丈夫か?益興(ますおき)」


烏天狗が珍しく心配そうに言うと、益興(ますおき)は少し考える素振りをした。その顔は真剣だ。今まで見たことが無い凛々しい顔つき。
藍子さんも小舞千も心配しているようだ。


「・・・烏天狗殿。神楽君。君たちに少し話さねばならないことがある。ちょっと来てくれんか?」


含みのある言い方に烏天狗と自分は顔を見合わせた。


「ああ!稲荷様はこちらに。なに。すぐ終わりますから」


狐少女が立ちあがろうとした瞬間益興(ますおき)が彼女の前に丁寧に両掌を向けて座らせると、足早に三人で廊下に出た。


ここの家が広いのは知っていたが、どういう作りかは分かっていなかった。
あのリビングも冷えていたが、廊下も尋常じゃなく寒い。
勿論これは“何かが来ている”からに違いなかった。背中や足が体感気温の寒さではなく、芯から震えているのが分かる。正直歩きにくいほどだ。



渡り廊下があることに驚きはしたし、その作りがまるで神社の渡り廊下のように今いる時代を疑うほどの作りであったのも驚いた。伊勢神宮がたしかこんな風合いの木の造りであった気がする。平安時代のような雅な渡り廊下だ。天井の中央には吊り灯篭が下がっており、廊下をずっと照らしている。





しかし、問題はそこではない。






胸より上にある、ずっと続く渡り廊下の両側を敷き詰めているガラスの向こうが、真っ黒なのである。



暗いのではない。



夜だからではない。



真っ黒なのだ。



まるで、墨汁で塗られているように黒い。
雷雲を伴う、猛烈な嵐の前の雰囲気。
耳鳴りと、ラジオがチューニングされてないような雑音か…雑踏の雑音か…とにかく、耳障りな細かい音が耳の奥から脳にこびりつくように聞こえる気がする。

聞いてると頭がおかしくなりそうだ。


「見るな。聞くな。神楽。のまれるぞ」


烏天狗が後ろに立って羽をやや広げ、視界を遮る。
すると、いつの間にか目にも歯にも力を入れていたようで、食いしばる歯と眼球の筋肉を緩めた。

やたらもう疲れている。

渡り廊下を足早に進むと、その奥には離れがあった。

離れは何部屋かに分かれているようだが、1つの大きそうな部屋に益興(ますおき)は入った。檜(ひのき)の木か、杉の木か。そんな格子と板を組み合わせた、まるで神社のような引き戸であった。

そういえば建物自体神社のようだ。廊下からその雰囲気が続いている。

そして、その部屋に入ると不思議なことに横長の部屋があった。何かの舞台がたった10㎝ほどの低い壇でずっと、部屋の端から端までずっと舞台は続いている。その中央に、清潔なクリーム色の木の神棚というより、小さな社がぽつんと祀(まつ)られている。

背の低い社の屋根の付け根辺りの高さから割と高い位置まで窓が続いているようだが、それは全部雨戸が閉まっていた。

それしかない部屋だった。

それしか無い部屋で益興(ますおき)はくるりと振り返り、きょとりとする自分と烏天狗に真剣に言う。



「ズバリ言うと、今回どーしよ」
「は?」
「は?」




益興(ますおき)の冗談かと二人とも瞬時に問い返すが、彼は腕を組みながら、


「明けるが早いか、俺らの体力が尽きるか…かもしれん」


と、ダメ押しをした。


「おいおいおい益興(ますおき)!!何言ってんだお前は!!しっかりしてくれよ!!何かあるだろ!ここは代々の華絵巻師の家なんだぞ!何かあるだろ?!」


益興(ますおき)は頭を乱暴に掻く。


「しかしですな…。私はご存知かもしれませんが、この仕事にプライドも持っていましたが、毎日勉強するほどの所謂マニアとかオタクの類と言ってもいいでしょう。隣の書庫も読み漁りましたし、地下のだって、江ノ島のだって、裏伊勢のほうの屋敷の本も読み漁りました。しかし、所詮(しょせn)華絵巻師は祝福の神。鬼や神と戦う術など、ありはしません」


烏天狗はそわそわと体重を左足に、右足にかけながら体を左右にゆらゆらゆらしつつ首を振る。


「っつったって、危うい場所に行ったり、そう言う場所で生身だから受けないようにする術があるだろ?結界だってあるんだ」
「鬼なんて出会う前に退散しますし、まず関わりません。そう言った案件は全て閻魔様を始めとするあなた方に振ってましたし…。で、今直面しているのが、その更に上の鬼の大群です」


雷のような音が、遠くから絶え間なく聞こえる。
酷く不気味な音だ。

それにまた、あの太鼓のような音がしてきた。




ドン・・・ドン・・・ドン・・・




その音を聞き三人は少し固まると、また顔を見合わせた。

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ご興味頂きましてありがとうございます。書き始めたきっかけは、自分のように海の底、深海のような場所で一筋の光も見えない方のために何かしたいと、一房の藁になりたいと書き始めたのがきっかけでした。これからもそんな一筋の光、一房の藁であり続けたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。