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【壱ノ怪】星月ノ井、千年の刻待ち人(23)

終章:かぐら、刻待ち人と宴す



『キヘイ…?キヘイなのかい…?』



母親がそう問いかけるのも無理はない。
とても5歳児の表情ではない。
恨みつらみがあり、憎しみに塗れた大人のような、
まるで般若のような顔をしている。


顔色も悪い上に、上から下まで汚れで黒い。
髪もやや長くぼさぼさだ。
5歳児の男の子ではなく、完全に小さな妖怪だ。

未だに家族はその禍々しさに近づけないでいる。
が、イナだけがニコニコと彼に抱き着いている。
彼の手がイナを抱きしめている事だけが、救いだった。



「どこって探してたの…イナちゃんだったんですね?
佐竹さ…。ちっ、今鬼神だったか」



小舞千がそう舌打ちすると神楽の体を借りている鬼神は、
小舞千を一瞥すると、ニヤリとした。



「すまねぇな。お前の大好きな“佐竹さん”は今、俺の中だ」

「・・・ッ?!何を言ってるんです?戯言(たわごと)言ってないで、鬼神様ならこの状況どうにかして頂けませんか?パパっと」



小舞千の顔をジッと見た後、鬼神は肩を竦めると
フンと鼻を鳴らした。


「今あいつはイナの言葉しか信じねぇ。俺にできる事なんざ何もねぇよ」

「あら。ずいぶん殊勝なこと」


小舞千が腕を組んで子供たちを見ながら言うと、
意外にも…、鬼神は静かに言う。



「本当の闇ってぇのは…、そこに入っちまえば何もかも闇だ。
一筋の光ってのは、本物じゃなきゃならねぇ」

「・・・」



小舞千は鬼神を見上げた。
こんどは彼が腕を組んで彼らを見つめていた。



『兄ぃ!一緒に神様のところ行こう!
今日はおいしいものがたくさん出て来るお祭りなんだって!』

『おまつり・・・?』



彼は反応はするが、すぐ目が暗くなった。
と、子供たちが走り出したのをきっかけに両親も
彼の近くに来て囲んだ。


『キヘイ!ごめん!ごめんな!直ぐお父ちゃんが
死んじまったから…お前に苦労かけちまって…!
お父ちゃんが全部悪いんだ!』


『キヘイおっ母のことも許しておくれ…。お前を
最後まで護れないで死んでしまって…。
お前が…、お前が…こんな…ごめんね…ッ』



両親がキヘイの肩や頭を泣きながら撫でると、
彼の表情は一転して目がつり上がり、血走った。
黒い影が彼から沸き起こり、憤怒の表情となった。


『そうだ…ッ!僕を置いてった!

兄ぃにも僕を置いてった!!

おっ母と兄ぃには、
僕たちを置いて楽しい所に行ったんでしょ?!


僕たちを置いて…僕たちなんて・・・!

僕たちなんて・・・ッ!!

要らない子だったんでしょッ?!


騙した…。騙したんだ・・・!!

僕らを山に捨てに行ったんでしょ?!』




悲痛な叫びに、兄弟たちも皆泣いている。


両親も、あまりにその姿が可哀そうで、
泣きながら首を振るしかできなかった。


声が震えて、「違う」という言葉が
ちゃんと出てこない。



本当は、全員で安寧の地鎌倉に行く予定だったのだろう。


そう…、大したことない山越えだったはずだ。


だが、病の大流行など当時ニュースなどもない。
村だけだと思った中で、全員で歩いて次々と
死んでいってしまった。

そして、指揮を執るはずだった年長者が死んで
しまって子供たちだけで目指すことになった


その地は…

やはり病が大流行していて、安寧の地というよりは

臨終の地となっていたのだ。


病や災害のための寺は建立されていたが、
子供たちにとったらそんなことは関係ない。
母親も兄も戻ってこないで、ただ死を待つだけだった。

小舞千がキヘイの様子を見て短刀を準備するが、
鬼神がそれを止めた。



「本物だけっつったろ…。問題ない。大人しくしていろ」

「・・・」

「神だって動いてねぇだろ」



小舞千は遠巻きに見ている神様方を見た。
大国主様も子龍も、少彦名様も全員神妙な顔で見ていた。
時折頷いている。

彼らを信じているのだ。



「闇が悪ってわけじゃねぇ。ただ、
それを続けてるってのが馬鹿で哀れだってことだ。
何にも見えちゃいねぇ、な…」

「それは…貴方の事を言っているの…?」



そう小舞千が言うと鬼神は肩を竦めただけだった。
小舞千には、鬼神がそう言っているような気がしたのだ。


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ご興味頂きましてありがとうございます。書き始めたきっかけは、自分のように海の底、深海のような場所で一筋の光も見えない方のために何かしたいと、一房の藁になりたいと書き始めたのがきっかけでした。これからもそんな一筋の光、一房の藁であり続けたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。