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​#16【巍峡国史伝】天の章 伏せる月、ふるえる睡蓮

■前回のあらすじ■



​大地の女神である安寧(あんねい)に呼び出された、四方の四季の地を守る五天布(ごてんふ)と蒲公英。


​それを、蒲公英は冬の地を治める颪王(おろしおう)と、四季の姫であるうつ田姫、それから、秋の七草達に静止された。


​冬の地、維摩(ゆいま)の夜鏡城にて保護された蒲公英は、安寧が千蘇我(ちそが)の地にて、地獄の地盤と御伽草子で言われていた地上と諍いを起こす可能性があり、更には今現在、安寧が呼び出した者の命を使う事が予想されるという話しを聞き、困惑する。


​一体、何が起きているのか分からない所に、五天布の1人である秋の地八朔(はっさく)の守護者、白秋(はくしゅう)がやってきて会議の補足をするが、同時に颪王に火急の知らせがあると言い、会議は一度中断となってしまった。


​その際、白秋は、蒲公英にも話したいことがあると言い、部屋に呼び立てる。​客間に来た蒲公英に挨拶もそこそこにして、白秋は今の維摩の地の状況を語る。


​冬の維摩の地は、安寧に対し反旗を翻した唯一の地で、安寧が必要と招集をかけた蒲公英を阻害し監禁。

​そして五天布の1人、白秋も離反して維摩の地にいるので、維摩の地が今置かれている状況は、非常に危険な状態であると言う。


​そして白秋曰く。


​安寧は、下界との諍(いさか)いに必要な人物達の命を欲し、更にそれを邪魔する者などの命を屠(ほふ)る心積もりであり、蒲公英に今の安寧は、もう見知っている育て親ではない事を肝に銘じ、決して勝手に動かないようにと釘を刺した。


​自分の中に歴史から消された神がいると言う話し、育て親が豹変してしまい、自分の死を欲しているという話し、
​昔から親しくしている、友人とも呼べる人たちが暮らす地が危機的状況にあるという話し…。


​周りからは「動くな」と言われ、豹変する前の育ての親、安寧には「自分が信じた行いをせよ」と遺言のように言われた蒲公英。


​何を信じ、どう整理すれば良いか?考えがまとまらぬまま、蒲公英は生まれて初めて白天社(はくてんしゃ)以外の場所で朝を迎てしまった。


​そして、部屋の外には前夜と面持ちの違う、鎧姿の白秋の姿があり…?

​続きまして天の章、第十六話。
​お楽しみください。


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​#16【巍峡国史伝】天の章 伏せる月、ふるえる睡蓮




​翌日、蒲公英が目を覚ました時には薄明るい光が障子から漏れてきていた。
​くっと体を起こして目を擦ると障子の隙間から、金雲が雪と共に少量、はらはらと庭に舞い込んできているのが見えた。


​あくびをすると、部屋の中に真っ白な息が出てきた。
​それも、障子から溢れる光の中に消えていく。


​どうやら昨日の天気が嘘のように、良い天気になっているようだった。


​のそのそと起き上がり障子を開けると、地上の品の良い庭園には雪が降り積もり、空にはまだ黒い雲があるものの、隙間から光の柱があちこちから地上に伸びていた。

​遠く、山間から走って来ただろう凍るように冷たい風が、巻くように部屋に流れ込んで来、寝間着の蒲公英をザッと吹き上げた。


​癖のある髪が持ち上がり、寝間着の中を流れる風が一気に蒲公英の体温を奪っていく。

​初めて白天社以外で目を覚ました蒲公英は、しばらく一人外の光景を見ていたが、頭がハッキリしたと同時に急いで着替えをし始めた。


​夜鏡城に連れてこられた時と同じ姿になり、蒲公英は廊下に出るとそのまま跳躍をし、軽々屋根の縁に手をかけ、くるりと屋根の上に上がった。

目の前に垂れ下がって来た羽織を後ろに払いのけ、丁寧に屋根の雪を丸め、横に置くと、その下の瓦に腰を掛けた。どうやら朝、誰かが屋根の雪下ろしをしたらしく、雪は少量しか屋根の上に積もっていなかった。


​蒲公英は夕べ歩いてきたであろう道の方を見る。改めて見てみると、本当に何もない平野を歩いて来たのだと思い知らされる。目印も何もない。ただ、どこまでも雪原が続くのみだった。

​金雲と粉雪がさぁっと、一 陣の風の姿を露にし、風は恥ずかしそうに彼らを置き去りにして雪原を去っていく。


​蒲公英は首もとの襟巻きを指で直しながら口元にその指を持っていき、 ボーっと雪原を見た。

​白天社は今頃どうなっているだろうか?頭で考えても到底分からない事を、いつまでも考えてしまう。しかし、何もせずにはいられず、蒲公英は長い時間屋根の上で膝を抱えて遠くを見ていた。


​すると、ぼすっと蒲公英の頭に雪球が降ってきた。


​余りにも唐突に現に戻されたことに蒲公英は驚きと不快さを露(あらわ)にしたが、屋根の反対側に顔を覗かせると、思わず噴き出 してしまった。
白秋がしゃがみ込んで雪だまをつくっていたのだから。

​白秋が適度に固めた雪玉を、また蒲公英めがけて投げてくる。
​それを、蒲公英は笑いながらかわした。



​「白秋殿! 何をされるんです!」



​白秋は笑うばかり。

​蒲公英はさっとそちらに跳び、雪の覆う地にふわっと足を着けた。
​白秋はまた、笑いながらわしゃわしゃと蒲公英の髪の毛についた雪を払った。
​蒲公英 はそれをくすぐったいと思ったが、表情は少しむっとさせた。


​「おはようございます、 蒲公英。遊んであげれば喜んで出 てくると思ったので...。本当に嬉しそうですね」


​「どこが嬉しそうなんですか? 背中にまで雪が入りましたよ」


​「大丈夫。いずれ融(と)けますよ」



​そんな事を訴えているわけではないと、蒲公英が更に不機嫌な顔をすると白秋は苦笑した。


​不機嫌にしながらも、蒲公英は白秋の出で立ちを上から下まで見る。


​昨日は軽装をしていた彼だが、今は一部、鎧を身に着けている。
​それも、腰刀のように鍔(つば)の無い長い刀を差して。
​木のような茶色の刀とその鎧が、雲から漏れる一瞬の朝日に光る。


​流石の蒲公英も笑顔を引っ込め、怪訝な顔をして白秋を見上げた。
​すると、白秋は蒲公英の前髪を持ち上げるように額から頭を優しく撫でて来た。



​「どちらかへ···参られるのですか?」


​「ええ」



​短くそう白秋が答える。

​名残惜しむかのように、白秋は蒲公英の頭に手を置き続けている。
​蒲公英は首を傾げるものの、この温もりが延々と続けばいいのにとも思った。

​白い白秋の手は暖かで大きい。
​触り方が やや手慣れているようにも思えるし、じゃれる時など力が強かったりして少し年寄りのようだが、この手は安心出来た。


​「とても悩んだのですが...一晩考えてようやく、決心がつきました」


​「え?」



​一度微笑んだ白秋はその場に跪(ひざまず)いた。
​雪の中膝を付き、彼は深々と蒲公英に頭を下げた。


​「白秋殿!何をされるのですか!」



​「確かに私の命も惜しい。否定は致しません。貴女様の御傍(そば)を離れる事、貴女様の先を見れぬかも知れぬ。その落胆はございます。…未練はございます。けれど、古来より貴女様に何事かあらば、命を賭そうと硬く決意しておりました。三大神の支配が変わろうとも貴女様だけが我が主。この白秋、今、誓いを果たしたく存じます」



​「何を言って…」



​と、蒲公英が口を挟もうとすると白秋は立ち上がり、右肩にある朱色の布を冷たい風に舞い上がらせ、ふと笑った。それから 踵を返して、ざっ、ざくっと雪を踏みしめ、門へ向かって歩いていく。


​「白秋殿!?あの、何が何だか…」


​蒲公英が叫ぶと彼は振り向いた。

​その顔は、今まで蒲公英が知っている白秋の顔では無かった。
​人は本気になると、こんなにも顔が変わるのだと驚く半面、どこか懐かしい感覚を覚えた。




​「仔細を語れず、申し訳ございません。この事態の解決の為、成さねばならぬ事がございますので、私は私だけで行動したいと思います。貴女の命は道具などではない…。五天布の白秋の名に懸け、断固阻止してみせます」



​それから白秋はふと、何かに気が付いたような顔をし、苦笑しつつ首を振った。
​そして、気を取り直すかのように蒲公英に微笑んで向き直った。



​「この一連の出来事を落ち着かせるためにも、色々動きたいと思います。また様子を見に参上しますので、決して動かないで下さい、蒲公英。では」



​蒲公英が口を開き、足を踏み出と、
​白秋も一歩足を踏み出したと同時に、足元から白い光の粒が溢れ出し、眩い光を放つと足跡を残して消えてしまった。


​白秋という人物の痕跡は、今や跪いた雪の跡のみだ。


​こんな出会って数年の小娘に、神の領域たる白秋が地に跪き、命を賭す…などと。


​『しかも、主とは一体…?』


​唖然としていると、背後から雪を踏みしめる音がした。
​こちらに向かってきている事を受け、蒲公英は振り返り、またギョッとする。



​「また、急な旅立ち」


​仰ぎ見ると颪王がそっと顔をこちらに向け、微笑んだ。


​「急な告白だったな、蒲公英」



​蒲公英が戸惑い、何と言葉にして良いか分からないまま言葉を紡げずにいると、王は「しかし・・・」と、溜息をついて白秋が消えた方を見据えた。


​「分からぬでもないが・・・感情的にならぬと良いが・・・」



​王の髪の毛が一本、二本と風に巻かれ、その黒い衣も ふわりと風に靡(なび)いた。


​冬の風の匂いがする。
​薄っすら深い木の香りもする。


​舞い込む金雲と粉雪の中、蒲公英は眉根を寄せ、
​颪王と共に白秋が去った方を見続けた。


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​…#17へ続く▶▶▶

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ご興味頂きましてありがとうございます。書き始めたきっかけは、自分のように海の底、深海のような場所で一筋の光も見えない方のために何かしたいと、一房の藁になりたいと書き始めたのがきっかけでした。これからもそんな一筋の光、一房の藁であり続けたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。