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​#13【巍峡国史伝】天の章 伏せる月、ふるえる睡蓮

​■前回のあらすじ■



​冬の維摩(ゆいま)の地、夜鏡城(やけいじょう)地下の白石でできた間。

​安寧(あんねい)の目を欺けるその場所で、古より伝え聞いたものの真実や、現在の状況が次々と明かされる。


​千蘇我(ちそが)の地に古くから伝わる御伽草子の真実と思しき仮説。
​大地の女神の真実。
​天地創造の真実。


​しかし、それと同時に謎も深まる。


​春の七草の精、蘿蔔(すずしろ)の謎の行動。
​安寧の別れ際の遺言のような言葉。
​御伽草子から消された「犬御神(いぬみかみ)」という神の存在。
​千蘇我に近々訪れると言われている災厄の謎。


​分かってきた事柄についても、未だ確信寄りの推測に過ぎない今、会議は、一つの結論に向かおうとしていた。

​続きまして天の章、第十三話。
​お楽しみください。

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​#13【巍峡国史伝】天の章 伏せる月、ふるえる睡蓮




​「とは言っても、犬御神様の事が書かれたであろう“大犬の巻”は内容が内容だけに、不完全ではありますが覚えております」


​盗まれた本がどれほどの内容のものだったかは分からないが、説明できるほど覚えているというのは、藤袴(とうく)がこの件に関して、如何に身を粉にして調べていたかが窺い知れる。



​「犬御神。地獄の地盤をつくり上げた者。創造と破壊の神。
​一部では滅亡と再生の神と呼ばれています。その出生は不明。没した日も不明。​全盛期においては他の神々を差し置いて、圧倒的な存在感を示したようです。

​“その力、炎の吐息一つ。麒麟の神々を三十余り燃やし尽くしたり”

​確か、大犬の巻にはそのように表現されてました。
​その当時の神々の力は聞いたところによりますと、今の神と比べ、四~五倍は差があったという事なので…、​現在で換算すると軽く百人余りはその吐息だけで屍にできたという事になりましょう」



​藤袴は帯に挟んでいた扇子を取り出し、自身の膝の上で広げた左手に二度、トントンと打つ。


​「犬御神という神は不思議な神で、突如炎を纏(まと)って現れたかと思いきや、​大地の女神に力を貸し、後に五天布(ごてんふ)を従えて、​龍と麒麟の部下である“十二支”と“十二宮”を圧倒し、​彼らが何度転生しようが紙のように散らしていったと言います。​にも関わらずその戦いの最中、その炎と力で地獄の地盤を創り上げ、​女神と五天布の前から姿を消します」


​「屠(ほふ)る力と、生む力を有していたと」


​「左様にございます。しかし、その後書物を隅々まで読み漁ったのですが、結局犬御神についてはその程度にしか分かりませんでした」


​颪王(おろしおう)が呟くと、藤袴は頭を垂れて言う。



​「しかし犬御神も、矛盾を孕んでいたのじゃな…」


​「地獄の地盤って言やぁ、龍と麒麟がそこに堕ちたとか、古い伝え話しだとそうなってましたもんね。そうなると犬御神は、散々千切っては投げてた相手の地を創ったって事になりますよ」



​うつ田姫の言葉に、尾花が頭の後ろに腕を組んで上を見上げつつ言う。
​蒲公英は、自分についても考えていたが、一番安寧の顔を思い浮かべていた。


​あの笑顔の裏に、どれほどの事が隠されているのだろうか?
​熾烈な戦いの中を、安寧はどのように生きていたのだろうか?


​1人静かに、白天社の自身の部屋で書類仕事ををする背中、四季の姫の屋敷で会議に参加する安寧の背中を思い出す。



​「そして、如月の祝典の本当の終わりと言うものがございまして、これが今後の我々の動きを決める際の、重要な…」



​そこまで言うと藤袴は、開こうと思っていた書物に目をやる。


​何度話しながら捲(まく)ろうとしても、途中の紙がくっついているのか、バサッとページが飛んでしまう。

​業を煮やした藤袴は、両手でそのくっついている紙を解こうとするが、声を荒げてその本を香の雲の下の床に叩きつけた。



​「あんの…、陰険狐男めが!この書にまで血が…!」


​「えらい偶然だなぁ!?」



​秋の七草の長である尾花が血が偶然ついたものだと思い込み、本当に驚いて言うものだから、藤袴は額に青筋を立て、膝に扇子を打ち付け、声を荒げた。



​「偶然なわけありますか!腹の立つ!ええ!もうこれ以上私を苛立たせないで頂きたいものですな!」



​誰に言っているのか、藤袴はそう言い放ち、扇子を自身の額に何度も押し付けた。
​進行を彼に任せている上に、今や資料も彼の頭の中にしか存在しないため、皆は最早何も言えずに藤袴の次の言葉を待つ他無かった。



​「確か、その真の終焉は…」



​「“天の雲かかりし大地に仕掛けたる十二支
​地獄の地盤へと帰り
​龍と共に女神の力及び春の草、神器、
​天の架け橋を封じん”」



​藤袴がまだ頭を抱えているというのに、言葉が部屋に響き渡る。
​この部屋の者ではない新たな声に、全員がその声の方へ向いた。


​蒲公英は、息を呑んだ。
​彼は何故かいつも気になる存在であった。
​何故か懐かしい感じもする者なのだが、蒲公英は中々会える人物ではなく、見かけるとつい、注目してしまう人物であった。


​案内の者を戸の外に控えさせ、部屋に堂々と入り、歩を進めてくる人物。

​彼は精霊でも、人間の部類にも入らない、
​神の領域の者である五天布の内の一人。秋の守護者であった。



​「“龍の恩恵宿す雨
​地獄の地盤に降り注ぎ、
​大犬が吠えたる清き風吹かば、
​たちまち大地は息を吹き返しけり”」


​「誰だ?」


​「白秋(はくしゅう)殿…!?」



​尾花の呟きを聞いてか聞かずか、蒲公英はそうやってきた人物の名を口にする。​その呟きが聞こえた尾花は、チラと蒲公英を見、そして白秋を見た。


​蒲公英が名前を呼ぶと、小さい声であったと言うのに白秋はにこりと微笑み、蒲公英にひらひらと手を振った。

​颪王もここにきて初めて高揚した声を出し、立ち上がった。



​「おお!白秋殿。遠路はるばる、よくおいでなされた。なれど水臭い事だ!お越しになるならば、出迎えを致しましたのに!」



​嬉しそうな颪王に対し、白秋は苦笑しながら首を振る。



​「颪殿。私達が相手をするのは生半可が通じぬ相手でございますよ。念入りにしてもまだ足りぬぐらいです。私への気遣いは無用に願います。…さて…」



​白秋は蒲公英の方を向いた。

​蒲公英は白秋の事を知っていた。
​彼はよく白天社顔を出していたし、安寧自身、秋の竜田の屋敷に行く際にちょくちょく白秋の社に足を運んでいた。
​それは、酷く稀な事だった。

​安寧が特定の誰かと懇意にするという事は、白秋以外蒲公英は知らない。
​白秋への安寧の信頼は、蒲公英の白秋への信頼へと自然に変わっていった。
​それが元で彼が気になるのかと思っていたのだが…。


​白秋は蒲公英と目が合うと、にこりとまた微笑み、颪王に言う。



​「もう二、三日すれば地上とここの封印が解け、かつてのような諍いがこのままですと発生する事でしょう。どうやら安寧殿もそれをお望みの様子…」



​チラと颪王の目を白秋が見ると、颪王も何かを悟ったのか頷いた。



​「白秋殿と話しがある。すまぬが、一度開きに致す」



​颪王がお開きを宣言すると、皆頭を下げて部屋から出ていく。
​蒲公英もうつ田姫に手を引かれて外に出る事となった。

​外に出る順番を待っていると、肩を指でトントンと強く叩かれ、振り向く。



​「蒲公英」



​白秋が蒲公英に声をかけてきた。



​「少し話があります。後で人をやりますので」



​白秋は相変わらず、笑みを湛えた穏やかな表情と声音でそう言う。
​表情も、心情も読めない男は、物腰とは裏腹に雑に手を挙げて挨拶すると、サッサと颪王と向き合ってしまった。


​一体、王と五天布の二人だけの話しとは何なのだろうか?
​五天布の白秋がわざわざ来て、会議を中断してまでの話しとは?


​颪王と白秋をその場に残し、地下の白石の間の扉は音を立てて閉じた。
​蒲公英は地上への階段を登っていたけれど、一度その部屋を振り返り…、



​『しかも、この部屋で…』



​と、麒麟と龍の門が入った部屋を見つめる。



​『一体、何が起きようとしているのだろうか?』



​蒲公英は、自身がこれから荒波に飲まれる事など知る由も無く、まだどこか他人の話のように考え、階段を登って行った。


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​…#14へ続く▶▶▶

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ご興味頂きましてありがとうございます。書き始めたきっかけは、自分のように海の底、深海のような場所で一筋の光も見えない方のために何かしたいと、一房の藁になりたいと書き始めたのがきっかけでした。これからもそんな一筋の光、一房の藁であり続けたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。