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​#14【巍峡国史伝】天の章 伏せる月、ふるえる睡蓮

■前回のあらすじ■



​春の七草の精霊の1人、繁縷(はこべら)によって、会議に用いる古い重要書類をことごとくだめにされた秋の七草の精霊藤袴(とうく)は、頭に入れている限りの事で話し出す。


​地上を創り上げた犬御神(いぬみかみ)は、先の御伽草子での戦いで突然現れ、女神である安寧(あんねい)の側に立ち、麒麟や龍に続く神々を焼き尽くしたと書かれていた。


​犬御神の力も、破壊と創造という二つの矛盾する力を有しており、詳細な解読は困難なものの、​これから起きる事の鍵となる事が書かれているであろう「大犬の書」の一節が全員に共有された。


​それを暗記しており、共有した人物は藤袴ではなく、途中から部屋に入って来た秋の地の守護者、五天布(ごてんふ)の1人、白秋(はくしゅう)だった。


​会議は結論までには至らず、白秋の登場により中断され、一度開きとなった。​どうやら白秋は何か情報を颪王(おろしおう)の耳に入れたいという事でやってきたようだった。


​何故か安寧も信頼するこの男を、蒲公英も昔から気にはなっていたが、中々会える人物ではなく、今回会えたことでも驚いたのだが、彼は冬の統治者である颪王と話したら、蒲公英と話をしたいと言う。


​蒲公英は白秋に言われた通り、部屋で待つことにした。


​続きまして天の章、第十四話。
​お楽しみください。


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#14 【#巍峡国史伝】天の章 伏せる月、ふるえる睡蓮




​秋の守護者、五天布の白秋(はくしゅう)が寄こした者が蒲公英を呼びに部屋に来た。​蒲公英はその小姓に着いて行き、白秋の部屋に行く。


​暗く冷え込んだ、庭に面した廊下を歩き、小姓の蝋燭の灯りを頼りに進んでいくと、暗闇に眩いばかりに輝く部屋が現れた。その部屋に着くと小姓の男児は中の人物に声をかけ、そっと障子を開ける。
​そこは白秋の部屋ではなく、夜鏡城の客間として使われている部屋の内の一つだった。


​中央に赤々と燃える炭が見える、暖かい囲炉裏。
​囲炉裏の中で鍋が湯を沸かす音がし、ホッとするものがある。



​「お。来たね。お座りなさい」



​囲炉裏の火に火箸を刺しつつ、白秋はやってきた蒲公英に微笑み、軽く目を合わせるとまた直ぐに火に目を向けた。彼の正面、囲炉裏の向こう側に山吹色の座布団が敷いてあり、隣にひざ掛けまで用意がされていた。
​秋の者特有の気遣いを感じ、蒲公英は感心しながら暖かく柔らかな座布団に座った。


​白秋は直ぐには喋り始めなかった。その沈黙に蒲公英はソワソワする。
​仕方なく、ここぞとばかりに白秋の顔を眺める事にした。


​火に目をやる、俯き加減のその顔は女のように白く小さい。
​目は一重で切れ長。唇はうっすら色付いていて、クッと結ぶと山を描く特徴的なものだ。

​唐輪(からわ)のように、薄い茶色の髪を上の方でくくり、余った髪を無造作に肩に垂らしている。
​くくる紐は雛(ひな)色で、彼は全体的に色づき始める八朔の地を思わせた。


​すると、いつの間にか視線を上げたらしい白秋の髪と同じ光に当たるほうじ茶のように薄茶色の瞳が、面白そうに蒲公英を見ていた。それに油断していた蒲公英は心臓を跳ね上げ、慌てて姿勢を正した。



​「久しいですね、蒲公英。貴女が最近余り顔を出さないので、私は寂しかったのですよ?」


​「…白秋殿。お戯れは御止めください。竜田姫との関係はそう言ったところで宜しくないのですよ?」


​「あの方は良く私の事を“猫かぶり”と言いますね。酷い話しです」



​いつも真面目なんですけどねぇ。と、白秋が器に杓(しゃく)で湯を入れる。
​真っ白な暖かそうな湯気が部屋にフワッと上がり、美しい所作と相まってとても美味しそうに見えた。

​蒲公英は彼からその器を受け取り、手の中に収める。
​困り顔の白秋の顔も、美しいものだった。


​白秋と竜田姫。
​秋の地の守護者と秋の姫は、今回の代は仲が悪くて有名だった。
​通常は同じ四季の地をまとめる宿命と縁から仲良くなり、夏の地の五天布と姫のように契りを交わす者も出てくる。

そうでなくとも、親兄弟のような間柄になる事が多いのだが、白秋と竜田姫だけは違った。

​目も合わせず、公の場で業務的に話すのみ。八朔の地では彼らの仲に細心の注意を払っているのであるとか。



​「あのお嬢さんにも困ったものです。まあ、今はその話しは置いておきましょう」



​白秋は杓を置いて、自身の湯の入った湯飲みを持つと一口飲み、先ほどよりも真面目に言う。



​「それにしても随分と大変な事になりました。蒲公英。貴女もそうなのですが、今現在、維摩の地が殊更大変な事になっています。表立って安寧殿に反旗を翻したのは、現在この地だけ。あ、まあ、私も安寧殿の招集を反故にして今ここにいるので、結果的に八朔の地も謀反という事になるんですかね」


​「え!?招集…?」


​「恐らく、良くない招集ですよ。颪王に聞きましたが、春の蘿蔔(すずしろ)があなたを迎えに来たそうですね。それもその一環。つまり、私達は今、安寧殿の招集を蹴ってここにいるのです」



​白秋は“ははは”と笑っているが、蒲公英は複雑な顔をした。


​安寧が呼んでいる。

​しかし今蒲公英はあらゆる人物たちの力により、危険を冒してまでこの地に居る事を薦められている状態。

​自分の立ち位置が徐々に分かり、蒲公英はますます挙動不審になった。



​「もう、訳が分かりません。身の振り方を考えなくてはと思うのですが…、如何せん信じられない話しばかりで…」



​パチっと、炭が爆ぜる。
​白秋は湯を一口飲んで息を深く吐いた。



​「颪王と話していた内容なのですが、貴女がそうなっていると思い、状況をお伝えする為にここにお呼びたてしました。安寧殿は、本格的に神となる手順を踏んで、下界と戦う準備を始めています。その為に邪魔なものを省く事を厭(いと)わない覚悟をしています」


​「邪魔なもの…?」



​白秋は切れ長の目を伏せ、湯飲みを置き、腕を組んだ。


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​…#15へ続く▶▶▶

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ご興味頂きましてありがとうございます。書き始めたきっかけは、自分のように海の底、深海のような場所で一筋の光も見えない方のために何かしたいと、一房の藁になりたいと書き始めたのがきっかけでした。これからもそんな一筋の光、一房の藁であり続けたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。