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爺ちゃんとスギナ

難病になり人生がボロボロになっていた「私」。あるきっかけで、なぜか植物と話せるようになる。彼は、個性豊かな植物に、その生き様を教えられて、それをヒントにしながら絶望していた彼は少しずつ、変わっていく。

■1
 
スギナ: おーい!
 
老人: ん?
 
スギナ: おーい!
 
老人: はて?
 
スギナ: こっちだよ!
 
語り 誰もいないが……
 
スギナ: こっちだよ! 爺ちゃんの足元の草だよ!
 
老人: ついにわしも呆けてしまったか。
 
スギナ: 爺ちゃんは、呆けてないよ。ほら! 細長い針みたいな葉っぱの突っ立てる草だよ!
 
老人: ほう? 草の声が聞こえる。なんと、不思議なことだ。
 
スギナ: 爺ちゃん、その割には、不思議そうな顔してないな!
 
老人: この歳になるまで生きていると、いろんな不思議なものを見聞きするからな。しかし、草と会話をするのは、初めてだぞ。
 
スギナ: 最強の植物スギナだ! よろしく!
 
老人: 最強とは大きく出たな。面白い奴だ!
 
スギナ: 爺ちゃんの動き、ずっと見てたけど、凄いな。普通の人間の動きじゃないな! 体のパーツをばらばらに動かしてるのに、すげー滑らかに連係・統合させて動かしてるんだな!
 
老人: 驚いたな! お前は、見ただけで、それを把握したのか。
 
スギナ: 言ったろ! 俺は最強だって!
見ていたぞ! この前、女の子に絡んでたチンピラをやっつけただろ!
時々、物凄く速い動きをするから、ただの健康体操じゃないだろうなって思ってたけど、頭の先から指の先まで、すげーバラバラ複雑に体を動かせして、そして、それを連係させてるな。相手の体重移動や反動なんかも利用しているか? すげーパワーを効率的に使って戦ってるのがわかるぞ!
それ、なんていうんだ?
 
老人: これは、太極拳という武術だが、そんな所まで理解したのか?
 
スギナ: 面白そうだな! 教えてくれよ!
 
老人: 移動できないお前が、教わってどうしようというのだ。
 
スギナ: 好奇心も最強なのさ!
 
老人: 断る。これをきちんと、学ぶのは、数十年単位でかかるぞ。お前は天才のようだから、もっと短い期間で習得するかもしれんが、それでも、わしに残されたわずかな時間では間に合わん。
 
スギナ: ん?……………………ん。そうか! 爺ちゃん長くなさそうだな!
 
老人: わっはっは。随分、直球で言ってくれるな。医者にも、なぜ、その体で、そんなふうに動けるのか理解できんと言われている。
■2
 
スギナ: 爺ちゃんからは、死の匂いがする。変なこと言って悪かったな!
 
老人: ほう! どうしてわかるんだ。動きか?
 
スギナ: いや! 動きじゃないな! 動物が飼い主の病気を察知したりするだろう? 体調や気持ちによって、分泌物っていうのか? 出て来る匂いみたいなもんが、変わるんだ! 微妙過ぎて人間には、わからねえと思うけど。
 
老人: わっはっは! 最強、最強と軽々しく言うから、ただの馬鹿かと思っていた。
質は違うが、お前も、圧倒的な何かを体得しているな。わしも、もうちょっと早く、お前に出会っていろいろ学びたかった……。
 
スギナ: わっはっは! 人間よりはるかに大先輩の植物たちの蓄積を舐めてもらっちゃ困るぜ! でも、爺ちゃん、なんで、そんなこと知りたかったんだ?
 
老人: もう引退したが、いろんな方法で、病気や怪我人の治療をしていたことがあってな。若い頃は、お前に負けないくらいに、わしは好奇心旺盛で、いろいろな医学や治療法を学んで、患者さんに施していた。
 
スギナ: そうか! 爺ちゃんも、最強だな!
 
老人: いやいや。虚しいものだぞ。どんなに力を尽くしても、救えない人もたくさんいた。いろいろな限界を感じた。
 
スギナ: 限界かあ! でも、命ってそういうもんだろ? どんなに、最強でも、永遠じゃない! おいらだってな!
 
老人: そうだな……本当に時間のあるうちに、もっと、いろいろなことを学びたかったなあ。
 
スギナ: それでも、爺ちゃんすげえと思うぞ。おいらを馬鹿にする奴はたくさんいたけど、おいらの凄さを理解して、もっと学びたいなんて言った人間は初めてだ! ところで、爺ちゃん、悲しいのか? 涙の匂いもするぞ!
 
老人: ああ……ちょっとな……
 
■3
 
スギナ: まあ、寿命が近いんじゃ、無理無いか!
 
老人: いや、そっちじゃないな。
 
スギナ: ん? なんだ?
 
老人: 娘夫婦と孫が死んでな……
 
スギナ: なんだそりゃ! いっぺんにか?
 
老人: ああ……娘一家が乗った車がな……高速道路で……逆走してきた車があってな……
 
スギナ: ああ、交通事故って奴か! それは、きっついなあ。ん? 逆走って何だ?
 
老人: 車が、デタラメに走ったら、ぶつかってしまうだろう? だから、車が走る場所と方向は、細かくルールで決められていてな。それを逆に走ってきてしまった車がいたんだ。
 
スギナ: 逆ぅ?
ひでえなあ。ぶっとばしてやりたい奴だな。
 
老人: ぶっとばしてやりたい所なんだが、脳みそがやられて、判断能力が下がる病気があってな。人類は、この難しい病気を克服できないでいるんだ。
それで、正しいルールがわからなくなっている人間が運転していて、それにやられた。
 
スギナ: うわあ! ……なんで、そんな奴の運転を許してるんだ?
 
老人: いろんな事情がある。まず、手足が動かせないような障害と違って、外から見ただけじゃわからない。いちいち、何万単位の人たちを厳密に調べきれないこともあるし、そういう人に運転を引退させるのがとても難しいんだ。運転する力が無くなったことをどうしても認めたくないんだ。プライドとか、見栄という奴だな。
家族がいくら言っても勝手に乗っていってしまう。家族がたとえ、車を処分したって、また車を買ってきてしまう人さえいる。
ああ、わしか? 娘夫婦が事故に遭う前に、わしは、車の方も引退していた。老人が起こす事故のニュースを見て、他人事とは思えなかった。まだまだ、大丈夫だと思ったが、自分だけは、大丈夫という、その驕った気持ちが一番危ないのは、武術を通じて良く知っていたからな。
今はジジイだが、これでも若い頃は、ヤンチャしていてな。
走り回っているうちに、死んだ婆さんとも知り合った。あれが、わしの人生での、最高の収穫だ。
それはともかく、能力の低下で、できていたことを止めるというのは、そういう輝いていた自分の人生の一部が、終わってしまうということだ。とても寂しかった。こういうのは、元気で若い人には、まったくわかってもらえないことだろうな。
脳がやられる病気は、自分を客観的に見られなくなるから、ますます、自分がおかしくなっている事を、認められない。
ある医者が「その症状は知っているでも、私は違う」と言っていたな……
能力が下がってきている自分を認める素直さを持っている人もいる。
「私は認知症で、電車の乗り換え場所がわからなくなってしまったのです。教えてくださいますか?」と言える素晴らしい人もいる。素直に言えれば、大概の人は親切に助けてくれる。簡単な事だ。その簡単なことができるのは、それこそ、究極の武術の達人のような人なんだ。この難しい話わかるか?
 
スギナ: わからねえ! なんで、そんな簡単な事が人間には、できねえのか、おいらには、まったくわからねえ! ただ、人間にそういう性質や傾向があるってことは、理解したぞ。
………………だけどなあ、爺ちゃん。こっちの方は単純なおいらのもわかるぞ。
いくらなんでも、そんだけ、不条理な目にあってる人間の感情って、そんなもんじゃないだろ! 事情はどうあれ、娘と孫が死んだんだぞ? そんなふうに、悲しい出来事を知的に理解するのって辛過ぎないか? どんなに最強の奴でも、普通は、いったん泣きわめくもんだろ! 爺ちゃん、それが、できてないんじゃないか?
 
老人: お前は凄いな………そうだ。泣けていないし、泣けないんだ。悲し過ぎると泣けないもんなのかもな。無理やり、なんとか、理屈をつけて心に収めようとしてる。
どんなことをしても娘一家は、戻って来ない……その呆けたドライバーをぶっとばしたとしても。
まあ、じきに、わしも向こうに行くから、再会できるしな……
 
スギナ: そうか。そんなに悲しいのに涙も出ないのか……そういう微妙なとこが、おいらには、わからん。ごめんな。

老人: いやいや。十分過ぎるほど、お前は、気遣ってくれてるぞ。
この話をしたのは、久しぶりだ。こういう笑えない話は、友人には、なかなか話しにくくてな。どんなに友人に話した所で、解決のつくような話でもない。辛気臭い話なのに聞いてくれて、ありがとうな。
 
スギナ: 爺ちゃんは、植物と波長合うみたいだから、ほかの植物とも、話せそうな気がする。話してみなよ!
カラスウリ姐さんやヘクソカズラの姐さんなんかは、もっと細やかで理解があると思うぞ。
爺ちゃん、おいらたち、時間だけは、たっぷりあるから、気が向いたらきつい話でも何でも、話に来てくれよ!
ああ、言い忘れてた!
娘さんたちのこと、ご愁傷様だったな。お悔みを言うぞ……!

老人: 馬鹿のようでいて、お前は、本当にちゃんとしてるな!
 
スギナ: 爺ちゃん、馬鹿は余計だ!
 
老人: しかし、惜しいな……お前が、人間で、わしにもっと時間があったなら、愚痴だけじゃなくて、わしの持っている全ての奥義を継承してもらうのになあ。わっはっは。

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