人魚屋敷の脳先生 (第1話/全26話)
01
文机に向かって終日原稿を書いていた。
あの日から毎日書いている。書き続けている。
しかし一向に書き上がる気配がしない。
そろそろ休もうかと思った所に傍らの金魚鉢から彼女が話しかけて来た。
手のひらに収まるほどの、小さな小さな彼女。
上半身はひな人形のように整った面立ちの女人である。
しかしながら、下半身は鮎のような虹色の鱗に包まれている。
人魚である。
彼女が揺れるといつも花のような甘い香りがする。
──旦那さん。旦那さん。
「なんだい?」
──お水。こんなに濁ってしまっては、旦那さんのお話が読めないわ。
「そうかい。それじゃあ水をかえてあげよう」
彼女はかけがえのない僕の読者で、いつも一番に原稿を読んでくれる。
──ううん。いいの。それより其処のガラス玉を頂戴。
パシャリ。
人魚は僕がとって置いたラムネのビー玉を両手で恭しく受け取り、嬉しそうに微笑んだ。
指先が少し濡れた。
──こうして尾ひれに綺麗なおもりをつけて、言葉の海に飛び込みたかったの。
──花嫁衣裳よ。
彼女はそう云うと、刺繍糸で手際よく自身の尾ひれにガラス玉を結い上げ、勢いよく跳ね上がると僕の書きかけの原稿用紙の束へトプン。と身を投じた。
***
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