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人魚屋敷の脳先生 (第19話/全26話)

19

 ──あの蝶。
 ──可哀想な事をしたな。
 ──何も殺すことなかったんだ。
 ──そうだ。
 ──明日、蝶の墓を作ってやろう。
 月が隠れてしまったので、目を開けても閉じても真っ黒だ。
 これじゃ、寝ているのか起きているのかわからない。
 僕は少しでも寝心地の良い姿勢を探って、モゾモゾと体を動かした。
 蕎麦殻枕のカシャカシャという音が響く。
 右を下にして横になり、手足をちぢめる。
 そうやって蛹のように丸まって。
 どろり。
 いつもの夢に熔けてゆく。
 カシャ。
 カシャ。カシャ。
 カシャ。カシャ。カシャ。
 カシャ。カシャ。カシャ。カシャ。
 カシャカシャと玉砂利を踏みつける音がする。
 僕はいつもの様に寺の境内へと入っていった。
 黄色い菊の花を持った母はずいぶん先へと進んでいて、慌てて後についていく。
 本堂の裏手に進むと、学校の校庭程の墓地が広がっている。
 右手には、沼だか池だかわからない大きな水溜りがあって、蓮の花が綺麗に咲いていた。
 その沼に面した一番本堂に近い場所に、黒い御影石でできた墓がある。
 祖父の墓だ。
 僕は去年よりずいぶん背がのびたので、墓のてっぺんを見ることができた。
 鳥の白い糞が異様に目立つ。
 早く綺麗にしてあげないと。
 そんな事を考えていたら、ふと視線を感じた。
 ふりむくと、そこには白い顔をした少年がゆらゆらと頼りなげに立っていた。
 僕は気味が悪くなったので、逃げようとしたが、脚が空をかくばかりで思うように逃げられない。
 草むらや、墓の影に隠れてみたが、ついに後ろから
 ──ぐいっ。
 ──襟首をつかまれた。
 ──すごい力で身動きがとれない。
 じたばた足掻く僕の目の前には、いつの間にか老婆が立っていた。
 少年はくるりと身を翻し、もと来た道を戻っていく。
 老婆は笑いながら、少年に連れて行かれる僕を見ている。
 見覚えのある墓の前には母が居た。
 母に助けを求めようとしたが声が出ない。
 少年は、煙と炎に満たされた巨大な香炉に僕を押し込めようとする。
 僕は襟首を掴まれているので逃げられない。
 ああ。殺生だ。
 目の前が真っ赤に染まる刹那──。
 何かが聞こえた気がした。
 ──南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏……。

              ***


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