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リラックス小説「森とわたしと」①

40代ひとり暮らし、20年勤めた会社を辞めたばかり。マンションの部屋からはいつも森が見える。


7月/当たり屋ハッチと懐かしのメロンクリームソーダ(前編)

子どもの頃から夏が苦手だった。暑いし、怠いし、汗をかくし。そして、苦手なくせに、夏の終わりはいつだって少し寂しかった。

退職したばかりで時間を持て余したわたしは目標を立てた。夏が苦手な自分を変えるのだ。夏の空はきらいじゃないんだよな……。水色の塩梅や明るさ、雲のもくもくと湧き立つ感じとか、いいよね。他の季節の空は、時々よそよそしい感じがする時があるけど、夏の空は「よっ」とか言いながら、古い友達みたいにビシッとわたしを受け止めてくれる気がする。そうだ、わたしは夏の全てが苦手なわけじゃないんだ。

「今年は、夏を満喫する!」

苦手な暑さを乗り切るには愉しみが必要だ。楽しみといえば、やっぱり食べ物が。夏に美味しい食べ物…、すいか、そうめん、焼きとうもろこし。かき氷にソフトクリーム、ビールに焼きそばBBQ。

森と空の境界を眺めながら連想していると、ラジオから炭酸飲料のCMが流れてきた。そういえば実家の母は厳しくて、小学校4年生になるまで炭酸飲料を飲ませてくれなかった。

脳裏に古ぼけた8ミリフィルムみたいな映像が浮かんできた。郷里のデパート内の喫茶店に、幼いわたしと母が座っている。母はブレンドコーヒーとわたしのためにミルクセーキを注文する。でも本当に飲みたかったのは、あのエメラルドグリーンの液体にアイスが浮かんだメロン味のクリームソーダだった。アイスの横には生クリームとさくらんぼが添えてあるやつだ。

「メロンソーダ飲まなきゃ!夏を征するために」

いてもたってもいられなくなり、マスクを顎にかけ、財布とスマホを手提げに突っ込み外へ飛び出した。

「暑……。死ぬかも。日焼け止めすら塗ってなかった。いや、塗っている間にメロンソーダに対する衝動が逃げてしまう!」

麦わら帽子をつかみスーパーへ向かった。

スーパーから帰ってくるなりエアコンをガンガンにつけ、汗で湿ったTシャツとマキシスカートを洗濯機に放り込んだ。下着いっちょうでも誰にも迷惑をかけない。一人暮らしの醍醐味を、わたしは噛み締めた。小綺麗なカットソーやストッキングを身につけていた会社員時代が遠い昔のことに思われた。なんで女性用の服って必ず蒸れるようにできているんだろう。

カップアイス、メロン風味の炭酸飲料と氷、夕飯のために購入した塩鮭、ブロッコリー、もやしなどを冷蔵庫にしまった。丸椅子に乗り、シンク上の開戸からグラスを取り出す。降りる時に「おっと」と足元がぐらついた。理想は昔の喫茶店にあるようなくびれのある足つきのグラスだけど、ビールのロゴが入ったストレートな形のグラスしかなかった。仕方がない。歳と共に妥協も良き隣人となるのだ。

メロンクリームソーダの材料を冷やしている間、新しいTシャツとステテコに着替えて、ぼんやりとエアコンからの風に吹かれていた。

しばらくベットに転がっていたわたしの耳に、コツコツと何かが窓ガラスに当たる音が聞こえた。見ると3センチぐらいの虫がガラスに体当たりしているではないか。

「うわ、ハチだ!」

めんどうなことになったと、私はため息をついた。もしベランダに巣が作られているなら、マンションの管理会社に電話し駆除業者を呼んでもらわなきゃならない。面倒くさいという言葉が喉元まで出かかったが、しばらくハチを観察することにした。

(②につづく)

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