耳業地説
【自業自得】
・自身で行った事の報いを自分の身に受けること。
実話怪談。誰かが体験した、もしくは自身で体験した奇怪で奇妙な話。
創作ではない、本当にあった話を探しては世の中へ届ける。
それが、私が生業としている怪談作家の仕事である。
毎日の様に、まだ見ぬ怪談を求めては全国を飛び回っていたのだが、近ごろはめっきり行かなくなっていた。行かないというよりは行けなくなっていた。
知人、友人と様々な繋がりを当たり、怪談を探し求めていたのだが、話は尽き果て、如何せんもう疲れてしまったのだ。
考えてみて欲しい。
怪奇現象、恐怖体験……体験したことのある人が周りにどの位いるだろうか。
些細な体験であればあるかもしれない。
しかし、私はプロの作家である。
読者の感情を動かす話を書かなければ意味がないのだ。そんな話がそう簡単に見つかるはずもない。
時間、お金をかけて、苦労しながら話を集めても、実際に怪談に昇華できるものは少ないのである。
なら創作した怪異を書けば良いじゃないか、と言う人もいるかもしれない。
しかし、そう簡単にいわれても、無から何かを創り出すことがどれだけ大変か。
それに実話でないと、意味がないのだ。
だって実話怪談作家なのだから。
だが、それでも本を出さなければ生きていけないし、怪談作家を名乗ることもできやしない。
それを失えば、私は存在意義の無いただの無職中年になってしまう。
なのである方法を試すことにした。
まずは、私の数少ない友人の一人、広瀬へ自宅に泊めて欲しいとお願いする。
「あぁ、良いよ。好きなだけ居てくれ」
今までも幾度か泊めてもらったことがあり、広瀬はお願いを快く受け入れてくれた。
全く良い奴である。
泊まらせてもらっている間に、内緒で合鍵を作った。
後日、私は深夜に広瀬の家へ向かう。
合鍵を使い、そっとドアを開けて部屋に入る。
広瀬はベッドでグッスリ眠っていた。
広瀬は元々不眠症の気があると話しており、寝る前に睡眠薬を飲んでいる事も把握済みだった。
多少の事では目を覚まさないのだ。
物音を立てないようにそっと近づく。
そして耳元へ口を寄せ
「呪いの人形があって……」
――私は、広瀬の耳元で怪談を語った。
そして、何話か語り終えたところでバレないように家を後にした。
これを毎日続けたのだ。
一ヶ月程続けた所で、広瀬から相談があると呼び出された。
「最近さ……嫌な夢を見るんだ。いや、本当に夢なのかな……」
広瀬は語り始めた。
その内容は、私が耳元で語っていた怪談がごちゃ混ぜになったような内容だったが、妙に現実味を帯びており、いい感じに不気味で恐ろしい話だった。
──計画は成功だった。
私が毎夜話す事で、広瀬は悪夢を見るようになっていた。
「何だかさ、そのせいで眠れないんだけど薬は効いてるみたいだし……夜中、ずっと寝惚けているみたいな感じで疲れが取れないんだよ。だからこの恐ろしい夢が現実なのか、夢なのか分からなくなって……!」
広瀬は私が耳元で語りかけることで、しっかり眠りにつけていない状態が続き、歪な精神状態のまま夜を過ごしている様だった。
見ているものが悪夢なのか、現実なのか分からなくなっている。
──成功だ。
私は実話怪談を産み出すことに成功したのだ。
広瀬が話した内容は、只の悪夢ではない。
本物なのだ。
夢と現実の狭間で、広瀬が体感した実話怪談なのである。
「その話、良いな。本にしてよいか?」
私はこの行為を半年程続けた。
その度に広瀬から話を聞き、聞いた話をまとめあげ『呪夢怪談』として世に送り出した。
すると物凄い反響があり、私は一躍有名作家として躍り出ることになったのである。
メディアにも引っ張りだこになり、『呪夢怪談』は日本中の一大ブームメントとなっていた。
「なぁ……すげぇなぁお前……」
半年も夢か現か分からないような状態で過ごしている広瀬は、すっかりやつれた顔をしており、憔悴しきっているようだった。
痩せこけ、疲労を隠せない広瀬に、私は罪悪感を抱いていた。
お金や地位、名声も手に入った。そろそろ頃合いだろう。
──もう終わりにするべきかもしれないな。
「いや、広瀬が良いネタをくれるからだよ。ありがとう。大丈夫、今日あたりからはしっかり眠れるようになるさ。」
広瀬に言葉をかけながら、もう深夜の語りかけは辞めることを決意した。
翌月、広瀬の家を訪ねてみた。
玄関から現れた広瀬は更に痩せ衰え、別人のようになっていた。
「どっ……どうしたんだ広瀬……!」
「……いや、ずっと悪夢が続いているんだ……ずっと、ずっと眠れないんだよ……」
目は窪み、焦点も合わず、虚ろな様子で広瀬は話し始めた。
「……恐ろしいんだ。目を瞑ると見えるんだよ……聞こえるんだよ……あの恐怖が……」
話しながら広瀬は頭を抱え悶えていた。
私は異様なまでの広瀬の変わりように、言葉を発することも出来ず、話を聞いていた。
深夜の語りかけは辞めたはずなのに……広瀬はまだ苦しんでいるのか?
「……あぁ、怖い!怖いよぉぉお!!」
恐怖に身悶えしているはずの広瀬は、なぜだか恍惚とした表情を浮かべていた。
「今までとは比べ物にならないくらいに怖いんだ……とても……!ああああ!!」
怖いと言いながらも広瀬は、甘美なものを見ているように振る舞っている。
どういう事なんだろう。
「……何が見えるんだ?何が聞こえるんだ……?」
私は広瀬が体験している恐怖が、物凄く気になった。
「……あぁ、お前に教えてあげたいけれど、言葉に出来ないんだ……うぅ」
広瀬は恍惚とした表情を浮かべながら、ドアを閉め、中へ戻っていった。
それからずっと、私は広瀬の言っていた事が気になって仕方がなかった。
今までと比べ物にならないくらいに怖いって、どういうものなんだ?
あんなにも恐怖しながらも、甘美に酔いしれているようなあの表情、振る舞いは何なんだ?
その頃から、『呪夢怪談』に関して、ある噂が私の耳に入るようになっていた。
『呪夢怪談を読んで寝ると、かつてないほど恐ろしい夢を見る』
という噂であった。
外に出ると、広瀬のようにやせ衰え、衰弱した人々が目に付くようになっていた。
その数は日に日に増えていく。
そしてその全員が、恐怖に身悶えしながらも、広瀬のように、恍惚的な表情を浮かべているのだ。
夢の事を誰に聞いても
『言葉にできない』
と口を揃えて言うのだった。
全国的に同じような症状の人々が増え、ニュースやSNSにも取り上げられる程だった。
そして拡散されれば拡散されるほど、『呪夢怪談』の売上は上がっていき、どんどん悪夢に悩まされる人が増えていくのだった。
私は、心中穏やかではなかった。
皆、この世のものとは思えない程に恐ろしい悪夢を見ては、恍惚とした表情を浮かべている。
悪夢はそれほどまでに魅力的なのだろう。
私も怪談作家である以前に、ホラー好きである恐ろしいものに惹かれてしまうのだ。
言葉にすることができない程の恐ろしさとは何なのか、皆を魅力する恐怖とは何なのか、知りたいのである。
恐怖に身悶えする人々が羨ましく思えた。
しかし私は『呪夢怪談』を何度読んでも、夢を見ることは出来なかった。
どうにか皆のような夢を見ようとしても、普通の夢しか見ることが出来ない。
――見たい。あの恐怖を知りたい。
寝ても覚めても、皆が言う恐怖の事しか考えられない。
なんで私だけダメなんだ。
私が『呪夢怪談』を書いたのに。
私が『呪夢怪談』を作ったのに。
私は――私は恐怖を見る権利があるはずだ。
なぜだ。なぜだ。なぜだ。
見たい見たい見たい見たい
私はもはや正気ではいられなくなっていた。
広瀬の家へ向かい、合鍵を使ってドアを開ける。
部屋は荒れ果て、ゴミが散乱しており、腐臭が漂っている。
足下を這いずる虫やゴミを蹴散らし、ベッドへ向かう。
ベッドの上では、広瀬が呻きながら、悪夢に身悶えしている。
私は近くに置いてあった椅子を手に取り、広瀬の頭目掛けて一気に振り下ろした。
近隣住民からの通報を受けた警察が室内へ突入すると、ぐちゃぐちゃにされた遺体の頭部から、こぼれ落ちる脳を漁っている血みどろの男性を発見し、現行犯で逮捕した。
逮捕された男性は、
「見えない……なんでだ、見えない……」
と脳を両手一杯に掬いながら呟いていたという。
その後、逮捕された男性は判決が確定する前に留置所内で死亡。
死因は不明。
遺体発見時、男性は恍惚とした表情を浮かべたまま息絶えていたという。
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