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人はどこから来てどこに向かうのでしょうか

認知症の周辺症状は様々ありますが、今回は帰宅願望について考察します。

エピローグ
~認知症とは振り返り~

まずは分かり易い図から(いつもお世話になっております)

認知症ネットより

図でもあるように、認知症は中核症状周辺症状からなる病です。
認知症には
「アルツハイマー型認知症」
「脳血管性認知症」
「レビー小体型認知症」
など様々存在しています。

原因は様々ありますが、脳に何らかの要因が元で機能障害が発生して、精神面や行動面に制限が掛かってきます。
これについて以前私が詳しく書いた記事を貼っておきます。

また認知症の方の心情を描いた記事も貼っておきます。


本題です


帰宅願望とは、一般的に帰宅の要求を頻繁にしたり、実際に帰宅をしようと外に出て行こうとすることです。
帰宅したいとか、帰りたいという想い自体は誰でも抱くものですから、帰りたいという自体は問題ではないです。 知らない場所や知らない人が周囲にいれば不安になり、その場から逃げ出したいと思います。

社会福祉法人 東北福祉会 認知症介護研究・研修仙台センターPDFより一部修正

帰宅の願望です。
この言葉が表しているのは、今いるところは自宅ではないという事実は認識しています。ただ、現在地点がどこで自宅がどこか分からない方は多いです。人に限らず動物には帰巣本能が備わっており、例え病になったとしても、帰るべき場所を求めて生きているのが切々と感じられます。


認知症における周辺症状で帰宅願望がある方の特徴

  1. 几帳面な性格

  2. 仕事や家事などの思いが強い方

  3. 責任感が強く、俗に言う良い人

これまで多くの帰宅願望が出ている方と接してきて、本当に不思議ですがこの症状が出てくるのが、午後なのです。夕暮れ症候群※1の一種とも捉えられますが、動物の本能でしょうか?認知症によって時間感覚が阻害されているにもかかわらず、「日の傾きや周囲の音や匂いなど、五感をフルに感じ取っている結果からかつての習慣や経験が呼び戻される」と推測されます。


※1:認知症高齢者において 、午後から日没頃になると決まった行動が出現する現象。例として、徘徊・興奮・攻撃・叫び声・介護に抵抗などの不穏な行動。壁などをとんとん叩いたり、シーツをつかむ、身体を引っかくなどの奇妙な行動が見られる状態。


ケース1~専業主婦Aさん~

入居前
Aさんは4人の子供を育てた専業主婦。とっくに子供達は成人して親元から独立している。趣味があり定期的な外とのつながりも持っていた。
夫が死去後しばらくは趣味を続けながら一人暮らしをしていたが、買い物最中に転倒し骨折。入院後一人暮らしは難しいと判断。その後長女宅で同居が始まる。次第に物忘れなどの異変が発生し、長女の認識も出来なくなる。夕方になるとかつての自宅へ戻ろうとする行動が増えていく。

観察
・夫の死去がトリガーとなり精神面の劇的な変化
・MCI※2は60代後半より出ていた
・几帳面でかつ家族想いな人柄
・血圧高め、やせ型
・大腿部頚部骨折の既往より、歩行が出来ず車いす使用


対応
・転倒による入院。一人暮らしから同居生活となる
・同居生活後、問題行動が頻発し医療機関受診後、アルツハイマー型認知症と診断され投薬開始
・介護保険利用。デイサービスなどのサービスを利用
・病状の進行と共に、別件で入院しその後老健入所
・本人宅は解体される
・特養入所

考察1
夫の死去が直接要因であるが、MCI症状が医療機関受診時のアセスメントで確認されている。自分のことは後回しにして、夫や子供達を主に考えていたため早期対応が出来なかった。
このケースは何処にでもありそうな家庭環境であり、前世代型の家族構成です。高度成長以降の日本社会が見えてくる。
生活環境の激変により、MCIよりアルツハイマー型認知症へと移行。

現状
老健入所後も夕方になると表情が硬くなり「子供はどこ?」と言い始め施設内を徘徊が始まる。車いすでの移動により本人の行動は察知出来たが、次第に車いすより降りて這って探し出ようになる。

対応
安全性を考慮し落ち着きが無くなり始める夕方前に、人形(ぬいぐるみなど)を渡し様子を観察する。すると嘘のように落ち着きを取り戻す。
一度人形を他入所者が取り上げる事態があり、その後叫び出すなどのパニック状況になる。しばらく興奮状態が収まらなかったため、以後常時人形を抱いてもらう。人形を持つ前は車いすのハンドリムを回しての移動していたが、両手に人形を抱いているため、車いすのフットレスト(足置き)を外し、足を動かし移動が出来るようにすると、両手に人形を抱いて施設内を動き回る(子供をあやしている)姿を見るようになり、穏やかな表情になっていく。

考察2
帰宅願望の要因として「子供を探す」と認識する。
人形を抱いてもらい、かつての子育ての時期を思い出し、結果精神の安定に繋がり、帰宅願望は徐々に減っていった。
家族より入居前の生活を聞き取る中で、子煩悩で子育て時期が本人にとって「かけがえのない時代だった」とあり、本人のアイデンティティを取り戻すきっかけになったと思われた。
人は誰しも好きな時期や輝いていた時代がある。認知症によって失われた能力は数知れずあるが、このケースでは「子供の面倒をみなければならない」その記憶が蘇り、失われていく記憶の中で時空を超え、形を変えて帰宅願望として現れたかと推測される。

「人形、されど人形である」

※2:認知症を引き起こす一歩手前の段階。厚生労働省はMCIを物忘れが主たる症状だが、日常生活への影響はほとんどなく、認知症とは診断出来ない状態。軽度認知障害の頭文字を取って表す。
MCI:Mild Cognitive Impairment)



ケース2~共働きBさん~

入居前
Bさんは3人の子供を育てながら、当時としては珍しく仕事も続けた方。
子供達独立後も会社を定年まで働き、退職後はのんびり夫婦で生活をしていた。ある時ご主人に「女が出来た」のではと思い込むようになり、徐々に被害妄想がエスカレートしていく。子供達と同居を考えたが、夫の意向で夫婦揃って有料老人ホームに入所。次第に被害妄想がひどくなり、夫婦別の部屋で生活となる。

観察
・被害妄想の出現
・MCIが60代後半より出ていた
・責任感が強く、自他ともに厳しい性格
・血圧高めで肥満状態
・便秘症、脳梗塞、高脂血症、心不全など既往歴が沢山ある
・歩行は不安定であるが一人で出来ている
・脳梗塞手術後の聴力低下

対応
・医療機関受診後、脳血管性認知症と診断され投薬開始
・有料老人ホーム入居後、介護保険利用しデイサービスなどのサービス利用
・本人らの自宅は貸家になっている
・病状の進行と共に、別の部屋で生活する
・症状悪化に伴い、本人はグループホーム入居となる

考察1
MCI症状が医療機関受診時のアセスメントで確認されている。被害妄想についての原因は、結婚当初の夫の言動などから生じ、その後も常に夫に対して執着し心配していた様子。
仕事の合間の趣味活動は多岐に渡り活動的であった。また、本人の兄弟姉妹、子供達との交流や趣味仲間との交流も定期的にあり、人間関係については開放的であった。

現状
グループホーム入居後、午前中は静かに過ごしている。昼食を食べ終わり昼寝をすると、突然悲鳴のような叫びが聞こえだし昼寝もそこそこに起きてくる。
更に時間が経過すると「夫はどこですか?」「家に帰らなければ」など話し、徘徊が始まる。同時に表情はいよいよ悲壮めき、夕食前までに精神状況の不安定さピークが訪れる。

対応
午後からの帰宅願望出現時、絵本を渡すと読み始め一時的に落ち着く。やがて集中力が低下する。
次にかつて本人が制作した人形や施設のぬいぐるみを渡し様子を見る。初めのうちは気分転換出来ていたが、今はほとんど効果なし。
一時効果あったのが過去の本人、家族が映っている写真を見て思い出を語る回想法※3。しかし、567禍以降の職員不足からなかなか出来ず。
今落ち着きが無くなった時に一番効果あるのは、レクリエーションへの強制参加。合唱やゲーム、体操などで不安な気持ちをすり替える方法。ただ、最近はこれでもダメな時が多くなってきている。

※3:過去の写真や音楽、昔使っていた馴染み深い家庭用品などを見たり、触れたりしながら、過去の経験や思い出を語り合うアメリカの精神科医ロバート・バトラーによって創始された心理療法。

考察2
567前は息子や娘、本人の兄弟姉妹が定期的にホームに来訪し、本人と一緒に外出することで気分転換になっていたが、現状は面会制限、外出禁止、また職員と一緒に行っていた屋外散歩も出来なくなり気分転換が出来てないことからストレスが増強している。
現状ホーム生活は閉塞感が増し、外的な刺激が少ないため認知症の症状進行が認められる。また年々聴力低下も進み、聞き取りにくい状況が、活動や他者との交流参加の制限になっている。
更に便秘症からの排便困難状態が4日目以降は、明らかに落ち着きが無くなり帰宅願望がより現れやすくなっている。
以上を踏まえて、精神状態不安定時の個別の関りを増やし、下剤による排便コントロールを行っている。

考察3
帰宅願望は前述のAさんのケースと類似しているが、家族を含めた身内からの隔絶が主要因と推測され、本人の性格など考慮されるが、寂しさや捨てられたと思い込む絶望感が症状悪化の助長を引き起こしている。
ホーム職員は本人の家族にはなれず、本人の喪失感や絶望感を癒す対象でないため、支援者としての限界を感じさせらるケースである。



認知症そして今の日本の現状


今回の記事はかつて働いていた老健で対応した入所者と、現在のグルホの入居者を例に挙げてみました。いずれも「帰宅願望」をキーワードとして認知症罹患前後の暮らしや、対応する職員の目線で本人の体調や精神状況の変化の観察、中核症状への対応、そして対応から導き出される考察を書いてみました。

認知症介護において、薬物療法と日常生活の直接的な関りなどの非薬物療法があります。どちらが良いとか悪いとかではなく、バランスが大切です。
病の進行は個人差があり、今は前述にも上げましたが567真っ只中。未だに面会制限中。zoom面会は出来ますが、家族のネット環境の有無から567以降一度も面会出来ない家族もいます。

もし、自分が入居者の立場ならタダでさえ家族との断絶、環境の激変からの絶望感は筆舌し難い。やがて施設生活は順応すると思われるが、個々を見ているとそれは違うと感じる。
ホームなどの生活時間が経過していく過程で、病状の進行が進み最終的には寝たきりになる方がいる反面、その最中の方からは家族に対する激しい怒りや悲しみが強くあり、早く施設から出して欲しいと切望している方もいます。やがてすべてがダメだと悟ると、無気力、無反応になっていった方も見てきました。

認知症と言う病により、住み慣れた環境から離れる辛さや悲しみは、気持ちの表出が出来る人、出来ない人がいます。
ある入居者はホームでの生活を
「まるで刑務所にいるみたいだ」と話します。
ホームから出ることが出来ず、24時間職員に監視されている訳ですので、認知症の方でなくとも、そう思います。
またある人は
「私にはやりたいことが有るんだ!早くここから出して」
入居間もない方からの言葉。
これらの言葉は、人生最終章において何とも皮肉なものであります。

この数年ホームでの看取りが一般的になっています。
「最期は病院で」
現状は医療費抑制により終末期を支える病院の数自体減っています。
今グループホームに入居時の家族への確認事項に
「看取りはホームで行いますか?」
との文言を取っているホームが増えています。病院での入院が出来なくなっている今、ホームも在宅の一部と捉えられ、国が推進している在宅医療がこの様な所にも出ています。



プロローグ
~やさしい嘘~


今日も帰宅願望は決まった時間に出て来ました。
「大丈夫ですよ」
「もうすぐご主人が迎いに来ますよ」
どれだけ希望と言う名の嘘をついただろうか?

因果な仕事である…

これまでホームや老健で多くの方を看取ってきました。
帰宅願望もある時を境に無くなります。それは病状の進行のためです。
食欲がなくなり、食事自体の認識が出来なくなり、介助をして食べてもらいそれでも食は細くなり、やがて食べれなくなります。

あれだけ動き回っていた方々が寝たきりになります。

身体は固くなり、関節を動かすたび叫び出す方もいます。徐々に身体が小さくなり寝返りすら出来なくなります。
起きているのか寝ているのか、ホーム内の目まぐるしい時間とは別に、寝たきりの方の時間はゆっくり流れていきます。

やがて訪れる時

主治医の最後通告で幕が下ります。

彼らの最期の顔を見る度思い出します。

「ごめんなさいね 嘘ばっかり言って…」
「今までよく頑張りましたねーこれで解放されますよ」
「あちらの世界に行ったら会いたい人に会って、一杯美味しものを食べて
好きなこと沢山して、どうぞ楽しんで下さいね」
と心の中でつぶやくのです。


今回はここまで
最後まで読んで頂きありがとうございます
次の記事で会いましょう。



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