うたかたの水泡のごとく…


「ここはどこだ?」


見たことがあるような…
いや、見たことない。

”沢山の人がいるけど、何だか変だ?”

こんなこと人には聞けないが、改めてここがどこだか聞かなければ。

「あのーここはどこですか?」
ニコニコした若い男性に聞いてみると

「ここは、あなたの新しい家ですよ」

「え!ここは新しい家なの…」
”家族は?夫は?子供たちは?…どこ?”

辺りには年寄りが4,5人。それと忙しそうにしている男の人や中年の女の人が見える。

更に周りを見渡すと、20畳くらいの場所にテーブルと椅子が数組。
テレビの周りにソファーが置いてあり、そこに座っている年寄りが2,3人。
テーブルにいる年寄りは無表情で
ただテレビだけが映り、遠くから泣き声や叫び声が聞こえてくる。

「あのーここは私の家?」
と先ほどのニコニコした男性に聞き返すと
「はい そうですよ」
とやや語尾が高い返事が返ってくる。

”だけど、家と言っても夫も子供いないし、それに私どうしてここにいるの?”
次から次へと疑問が浮かぶ…

”あ!そうだ、こんなことしている訳にはいかない。これから買い物に行かなければ”
買い物?
あれ、今日は何月何日?
今は明るいから日中?…
時間 時間
”10時20分” 
壁掛けの時計は時を静かに刻んでいる。

「山田さん 山田さん」
中年の女が呼んでいる。

「はじめまして。今日からここで生活することになりまして、分からないことなどあると思いますが、遠慮なく聞いて下さいね」
女は早口で話を終えると足早にいなくなった。

”今日からここで暮らす”
なんだそれは!?何でそんなことになった?
夫は子供たちは…


すっとコーヒーが私の目の前に出され…

今度はちょっと疲れ気味な顔の女が差し出しテーブル置いて行く。

「あ!ちょっとこれ頼んでいませんけど」
とその女に言うと
「これはこの時間にお出しするお茶です。お金は掛かりませんので安心して飲んで下さい」
とこれまた話をするなり、足早に姿がいなくなる。

”お金掛からない?”本当?何かのサービスなのかしら?
まー出されたし、残すともったいないから飲んでみましょう。
コーヒーを一口飲む
”うーまずい! 味しない これは本当にコーヒーか!?”

ただぬるくて味がほとんどしない黒いぬるま湯
これは…

一口飲んで手は付けなかった。


また周囲を見渡すと、先程まで聞こえていた叫び声は聞こえなくなり静かな空間に…


”それにしても誰も話していないわねー”
年寄りは皆、テーブルに伏せ寝しているか、ぼーっとしているだけで
表情も無く、まるでマネキンのよう。

それとは対照的に若い男性や女、中年の女はせせこましく動いている。時々大声で何か話しているけど、良く聞き取れない。

何だか、ぼーっとしてきた。
次の瞬間 がくっとなり、気が付けばうたた寝。

”あれ!私どうした?”
寝てしまった…
それにしてもなんだここは?

時計は11時20分を指している。
さっきまでいた年寄りはいない。代わりに別の年寄りがいる。

せせこましく動き回っている男と女はいる。
”それにしてもここはどこだ?”

しばらくして、騒がしくなり始める。
”何だ何だ今度は、この場所に人が一人一人と集められている”

若い男に手を引かれてやってくるもの
椅子に乗せられてやってくるもの
この場所に気が付けば9名の年寄りが集められている。

半円状に年寄りが集められ、年寄りの前にさっきの若いニコニコした男性が座る。その周辺にはさっきまで動き回っていた女やら男がテーブルに座り何か書いていたり、何かを片付けている。

「みなさん!こんにちは!」
「さてもうすぐ お昼ごはんになります。今日は何が食べられますかね?」

と、いきなり話始めその話はしばらく続く。
日付の確認、今日は何の日、一人一人に尋ねている。
私にも聞いてきたが、言っている意味が分からず、口がごもってしまう。


「それでは お食事を食べる前のお口の体操始めます…」
と言うなり大声で何やら話始める。


”何だこれは?”
周りを見ると男性のしぐさを真似て他の人もしゃべっている。
大声を出したり
顔をさすったり
舌を出したり引っ込めたり…
奇妙な光景である。

しばらくして奇妙なことが終わり、若者がその場から離れ、半円状に座っていた年寄をテーブルに連れていく。


一通り着席したのか、若い男らが急に年寄りたちにエプロンを持ってきて、おもむろに年寄りの首に掛け始め
お茶を配っている女
薬を飲ませたり、配膳している女
この場所がまた慌ただしくなっている。



私の目の前にもお膳が運ばれる…


「山田さん お昼ごはんですよ 温かいうちに食べて下さいね」
と若い男性がニコニコしながら話しすぐいなくなる。

”お昼ごはんと言っても…”
自分の身の回りを確かめるとかばんもお財布も無い。
あれ!かばんどこ?お財布ないわ!”

「あの… 私お金持っていないので…」
と話すと、ちょっと疲れた女がやってきて、私の顔をしげしげと見るなり

「お金頂いているから、心配しないで食べて下さい」
と愛想なく喋るなり、またいなくなる。

”なんだ?ここは?”
食事が目の前にある。
ごはん、みそ汁、焼き魚、漬物、卵焼き、野菜炒め
周りの年寄りたちは無言で食べ始めている。

噛まずにほとんど丸のみの女
なにやらブツブツ独り言を言いながら食べる女
ぼーっとしている男


食事中…
静かに 静かに… 
時は流れ、時計の秒針の動く音が聞こえてくるようだ。

”お金はいらないのか”
せっかく出してくれたから
何だか、おなかも空いたみたいだし食べようか…

箸を手に取りみそ汁に箸を入れかき混ぜる。
ごはん茶碗を手に取り一口
”美味しい…”
魚に箸が行き一口
”なんの魚だろう?ま…美味しいか…”

心の中でブツブツ言いながら食べ終える。

昼食はいつの間に終わり
若い男性に誘われ歯磨き、トイレに連れて行かれる。

それにしても
”ここはどこだ?”
”夫は?子供たちは”
”私ここで何しているの?”
心の中から次から次へと湧き出てくる疑問…

「あのー私どうしたらいいんですか?」
ちょっと疲れた女に尋ねてみると

「ごはん食べたのでお部屋に戻って横になりますか?
それともフロアでテレビでも観ていますか?」
そっけない返事が…


「お部屋どこにあるの?」
と聞き返すと女が案内してくれる。

「ここが山田さんの部屋です」
6畳ほどの殺風景な部屋
タンスとテレビ、テレビ台、壁には壁掛けが数個あり、服が掛けてある。
それとベッドがある…
タンスをじっと見ると何だか見覚えのあるものがある。

低めのタンスの上には、夫や家族の写真が飾ってあり、簡単な化粧品や鏡も置いてある。

”あー昭夫さん”
”裕子に義行も"
写真はどこかで撮った家族写真が飾ってある。

”そう言えば、さっきから夫や子供たちが見えない一体どこにいるのかしら?”

ブツブツ考えながら窓へ
窓越しには住宅が沢山有り、遠くには山が見える。
”ここはどこ?…”


作中の登場人物は仮名であり、この話は事実をもとにしたフィクションです。



職場より一入居者の心中を書いてみて

今回は入居したての新しい入居者の目線や日々の言動を基に
記事を書いてみました。


人は新しい環境になると、これまでの生活とは一変します。

訳有ってグループホームに入居してくる方々。
今まで一緒に暮らしていた家族はいませんし、知っているはずの日常も有りません。
見ず知らずの人、入居者、職員(若者や中年の男女、初老の女など)が沢山いて、そして落ち着かない騒がしい環境に変わります。
すぐ順応する人もいれば、そうでない人も大勢います。

”ここはどこ?”
”家族はどこ?”

”何をどうしたらいいか?”
など本人は常に探し考え、職員に繰り返し尋ねます。

職員はそんな入居者の心情を察しつつ、同じ質問を聴き何度も答える。

人間不安が増せば、次から次へと疑問が沸き上がり、不安を解消したく同じことを何度も質問し、不安を打ち消そうとする。
しかし返ってくる答えは
「大丈夫ですよ」
「家族はここにいること知っていますよ」
「お金は家族が払っているから」
など繰り返され、混乱が増して
そのうち質問の趣旨をすぐに忘れてしまい、何を訊いたらいいのか分からなくなっていきます。

不安→恐怖心に
同じことを繰り返し話す職員→猜疑心が増大
<結果>
もう誰も信じられなくなる or 繰り返し質問地獄(無限ループ)


あらためて認知症とは


病の種類(アルツハイマー型、脳血管性、前頭側頭型など)
脳の損傷部位(前頭葉、側頭葉、小脳など)
中核症状、周辺症状

画像1

     認知症ネットより        


内服している薬の副作用(頻尿、下痢、便秘など)
基礎疾患(心臓病、高血圧、肺疾患など)
家族関係(独居、高齢二人世帯、同居世帯など)
これまでの生育、生活歴などが複雑に絡み、認知症と病名がついても
同じ症状の方はいません。


今後職員目線や関わっている家族などの話を基に、認知症の世界を紹介し、この病について、
「こんなことあるのか!?」
と感じていただける記事を書けたらと思います。


今回はここまでです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。

それでは次の記事でお会いしましょう。

サポートしていただける方へ、大変ありがたく思います。今後の創作、記事への執筆活動の励みと勇気を頂けると思いますので、よろしくお願いします🎵