マガジンのカバー画像

ブログでしか言えない話

143
運営しているクリエイター

#日記

新型コロナのワクチンを打ったのでご報告

新型コロナのワクチンを打ったのでご報告



一昨日、ついに二回目のワクチンを摂取した。Facebookで一回目の摂取の報告をした時、友人から「レポートしてほしい!」と言われたので、自分の備忘録も兼ねて、レポートします。

自分の経験だけじゃなくて、どうせならアメリカでの摂取の状況と、今の周りの社会についても合わせて書きます。あくまで一個人の経験なので、アメリカ全体の事として捉えないようにしてください(特にうちの州はワクチンが回るのも早く

もっとみる

やわらかい



「どうして日本はダメだったんだろうね」

そう聞かれた言葉が、今もずっと、頭の片隅にある。

これは、アメリカに来てから1年か2年経ち、日本に一時帰国した際に、挨拶に行った元高校の学年主任の先生に聞かれた言葉だ。

この学年主任の先生は私のクラスの副担任でもあって、担任の先生と一緒に、半不登校状態だった時期にすごくお世話になった。留年しないための最低単位を計算してもらったり、他の教科担任の先生

もっとみる

成長

新しい手帳が必要になって物入れを漁っていたら、五年ほど前に使っていた手帳が出てきた。
日本にまだいた時から、アメリカに来てすぐの頃にも使っていた手帳だ。
未だ短い私の人生の中で、それでも一際苦悩に塗れていた時期の手帳だが、中身は大したことのないメモ帳だった。お世話になっていたカウンセラーの人には「日記をつけてみたら」と勧められていたのに、一文字も当時の心境は書かれていなかった。

その手帳には、英

もっとみる
愛してるから、全ては言わない

愛してるから、全ては言わない

「愛してるから、全ては言わない」
そう言った彼女の声が、嫌に耳に残った。

アメリカの多様性の授業の時だった。
やることは全て終わり、授業終わりの雑談に移行した時だった。

彼女は彼女の父親の話をした。

彼女は多様性の講師なんかをやってるくらいだから、年功序列や男尊女卑、人種差別などの観念には否定立場を示すことが多い。
しかし、アメリカの田舎出身の彼女の父親は、そうではない。

彼は年を重ねて、

もっとみる
ネパールで考える人権のこと

ネパールで考える人権のこと

一ヶ月に渡るネパール滞在の間、現地協力団体のスタッフが「娘の誕生日で家に帰るが、一緒に来るか」と訊ねてきた。確かその前の年も彼の家にお邪魔していた気がする。そう思い出しながら、私は二つ返事で頷いて、一緒に彼の家に滞在させてもらう事にした。ネパールの人達の距離の近さがとても好きだ。

誕生日パーティーまでの時間に街に買い物に行って、よく懐いてくれる彼の娘さんと遊んだり、生まれたばかりの赤ちゃんをツン

もっとみる
久しぶり雑記

久しぶり雑記

今、日本に帰っていたときの写真やらビデオやらを整理しながら、色々なことを思い出している。
思えば随分長く文章を書くのをお休みしていたようで、地元にいたときも、東京にいたときも、その他各地を旅していたときも、散文のようなメモのような何某かを書き散らかしては、文章として完成させずに放置していた。

非日常にいると、知らないうちに省エネモードになっている。
それが三ヶ月も続くと尚更で、後半は惰性のように

もっとみる

初夏の変容

もう初夏と言っても良いのだろうか。小論文執筆に忙殺され、時の流れを見過ごしていたら、いつの間にかシアトルにも熱気が漂うようになっていた。

ホストファミリーが友人の結婚式にアムステルダムまで出掛けているので、彼らの代わりに庭の植物(ハーブと成長途中の木、そして今はトマトを育てている)に水をやり、出不精の身には貴重な日光を浴びる。

早々に日焼けしそうである。そう言えば、ハワイに行った時は三月にも関

もっとみる
Can we play a love song?

Can we play a love song?

アメリカの多様性のクラスが、ユダヤ系アメリカ人の章に入った。
勿論、世界大戦の前からアメリカに移住してきた彼らの話をやるのだけど、矢張り第二次世界大戦のホロコースト中の話は強調されてクラスで話され、授業2回分を掛けてアメリカとナチズムについて話した。教授の家族がホロコーストの生き残りであったことも大きいのだろう。

この詳しい内容はまた後日纏めるとして、このような話を聞くとき、いつも頭に浮かんで消

もっとみる
抹茶ラテを飲む

抹茶ラテを飲む

やる気が枯渇するような日々が続いている。
枯渇するのがやる気だけならまだ良いのだけど、こういう時は発想力とかなんかそういう"クリアイティブ"と呼ばれるような能力まで一緒に枯渇するので、何もできない。

書き上げたいnoteがあって、それはアカデミックな色を含むものだから調べが多く必要なのだけど、一つも情報を頭に入れる事ができないまま、書きたいという思いばかりが募っていく。

夜、寝る前に「あれがで

もっとみる
合意と多様性

合意と多様性

近頃、多様性の話題をよく聞くようになった。
古今東西様々な場所や状況で議論がなされ、支持や懐疑が飛び交っている。

その議論の一つに、「多様性を認めないという多様性を認めるか」といったものがある。

とてもややこしいのでもう少し紐解いて説明すると、多様性というものは全ての意見を認めるのだから、「多様性を認めない」という意見も認めるべきなのではないか、ということだ。
人の権利を認めるのならば「殺人の

もっとみる
耽読

耽読

最近、空きの時間は粛々と本を読んでいることが多くなった。
夏に帰国する際、文学旅なるものを敢行しようと思っているので、その下準備のためだ。

幼少期に本をよく読み、中学に上がる頃には読む書籍が科学のものに変わったため、児童書はよく知っているものの、大人が読むような本には少し疎い。
それでも有名な人の本などはそれなりに読んでいるつもりである。

読み返す本もあり、新しく読む本もあり、こうやって本を読

もっとみる
昼下がり微睡みの間

昼下がり微睡みの間

昨夜街を襲った低気圧が辺りの雲を片端から吹き飛ばしてくれたせいで、今日は朝から快晴だ。家を出る時間、少し前まではほど暗かった時間帯だけど、今日はもう光が差していた。世界が冬を抜け出していく。
朝、六時間ほど寝てから起き出したが、未だに上手く開かない目を擦り、一つ目のクラスを受ける。数学だ。
終わったらそのまま大学内お気に入りの席へと歩き、午後のクラスの為の本を読んだ。
計40ページ。慣れない語彙に

もっとみる
過剰な反応

過剰な反応

過剰に反応してしまう時というのがある。
それは、私たちの意識では捉えられないほど深くに位置し、そして私たちを形作っている何かが起こす反射のようなもので、私たちがそれを捉える事は容易ではない。

アメリカに来てからというもの、自分とは全く異なる価値観で生きる人に出会う機会が増えたように思う。
それは単に文化の違いを目にすることが増えたのが一大要因ではあるが、日本語での関わり合いの中でも相当に多様性が

もっとみる

図書館の床に座りながら本を読んでいた時のこと

小さい頃、あれは確か小学校高学年から中学生にかけてだったと思うけれど、図書館の専門書が置いてあるスペースに頻繁に通うようになった時。

初めは児童書の部屋からスタートして、何がきっかけかは忘れてしまったけれど物理に興味を持ち始めて、児童書の部屋の検索端末で本を調べた。
そうすると見覚えのない番号が書いてあって、「これってどこにありますか」と司書さんに聞いたのを覚えている。

「これは二階だね」と言

もっとみる