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【ショート集】コタンの雌ぎつね

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ショート小説集第二篇
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2021年10月の記事一覧

【ショート小説】止まんない愛を1・2・3

【ショート小説】止まんない愛を1・2・3

人知れず八重咲きの竜胆が季節に似つかわしくない、水色の花弁をたわわに開いていた。鏡を覗き込んで襟を正すと、神父は無言のまま明るく照らされた廊下を歩いている。胸には真鍮で出来た神の像を忍ばせ、奥にある一室の扉を開けた。必要以上に日の光の入る部屋には、アクリルの境越しに一人の男が座っていた。男は神父に目を合わせる事もせずに、部屋の隅から只鉄柵に遮られた窓から差し込む暖かな日差しを眺めている。
「おはよ

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【ショート小説】ジリジリと夜になる

【ショート小説】ジリジリと夜になる

勾留者の朝は早い。充分な睡眠からぱちりと目を覚ますと、夜と同じく減灯された電球の黄色い灯りだけが世界を照らしていた。自分はばっと掛布を剥ぐと、染み入るような冬の寒さに体を放り出した。そそくさと布団を畳むと、その気配で同室の何人かが目を覚ましたようである。
時刻は午前七時。この部屋にいる五人は並べられた人形のように一列に正座をしている。数分もしないうちに、目の前の廊下に病的な灯りが灯る。聞き慣れた金

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【ショート小説】偽りの花

【ショート小説】偽りの花

整然と管理されているカフェのテラスは、優しい午後の日差しが差し込んで秋に差し掛かる時間を彩っている。インタビュアーは、目の前に座る演劇評論家に質問を投げかけていた。
「それじゃぁ、逆に今まででこれは一番ダメだって言う芝居ってありますか?」
評論家は口元に運びかけたコーヒーカップの動きを止めて、それをテーブルへ置き直すと、真っ直ぐインタビュアーを見つめ
「本物だ。本物はいかん。最低だ。」
と言うと、

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【ショート小説】宿命さえ運命さえも、どうぞ輝かせて

【ショート小説】宿命さえ運命さえも、どうぞ輝かせて

僅かに冷え込んできた空気を喉に入れ、微かな張りを感じると、意識は鮮明に色を付けていく。顔を上げて、いつもの景色を見ると顔面に張り付いた風が優しく髪をかきあげて、冷気を残したまま何処かへ消えていった。5年は乗っているアレックスモールトンの小振りなペダルに力を入れて、出来る限りの最速を保ったまま、僕は幼い頃から通い慣れた道を走っていた。田んぼの間を縫って広がる道路から、細い砂利道に入っていくと、再び突

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