マガジンのカバー画像

【ショート集】コタンの雌ぎつね

11
ショート小説集第二篇
運営しているクリエイター

2021年9月の記事一覧

【ショート小説】好きだったのよ、あなた

【ショート小説】好きだったのよ、あなた

木材の断面から湧き出る粉っぽい香りと、鉄材の張り詰めたような香りが混じり合って鼻頭を刺激した。自分は誰かに気付かれないように、それを肺の奥まで吸い込んで、すぅと吐き出す。開店したての平日のホームセンターは、数人の業者がまばらに各々の必要な道具を探し当てる姿以外は、まだ眠りから覚めていないように暗く静まり返っていた。自分は並んでいる木材に頬を擦り付けると、光悦の表情を隠し切れず思わず、おぉと声を漏ら

もっとみる
【ショート小説】わたし少女A

【ショート小説】わたし少女A

目には見えないほどの巨大な団扇を振り下ろすように、身体を吹き飛ばそうとする風が背中から足早に通り過ぎて行った。僕は不意にそれを掴みに全速力で走り出した。9月も半ばに差し掛かった午後の2時頃である。車も見ずに道路を横断すると、立ち塞がるフェンスを鷲掴みにしてグイグイと上へ登り、いとも容易くそれを乗り越えて、日常の向こう側へ降り立つ。誰もいない場所には希望に満ちたような鋼が遥か遠くまで伸びている。その

もっとみる
【ショート小説】夢中で致して

【ショート小説】夢中で致して

ペンを握る右手に力がこもった。切先は紙を突き破ると、腕が誘導するまま目の前の原稿用紙を斜めに引き裂いて鈍い音を立てていた。はぁと聞こえるように大きな溜息をつくと、無惨にも破れ去った紙を重ねてゴミ箱に放り込む。ここ数週間の天気は曇りのち雨が続き、窓辺から臨む景色は自分の気持ちとリンクしている様に思えた。
コンコンと扉をノックする音が聞こえたが、どうにも応える気力も無く、そのまま机に突っ伏して目を閉じ

もっとみる
【ショート小説】政治家とギャングの違い

【ショート小説】政治家とギャングの違い

まだ夏の残り香の漂う空気に混じった朝日が、校舎を浮き上がらせていた。職員室を出て、薄く埃の舞う廊下を曲がる。ふと、大窓から差し込む朝日が目の前の埃をキラキラと輝かせているのが見えて、自分は塞ぎ込んでいた気持ちに更に大きな蓋がされた様な気がした。9月1日、火曜。今日は長かった夏休みも終わり、真っ黒に日焼けした生徒達が一斉に登校しだす二学期の始まり。
夢の残像の残る脳を振りながら歩いていると自分の教室

もっとみる