小説『ネアンデルタールの朝』⑤(第二部第1章-5)
5、
夜寝る前、山口凌空(りく)からラインのメッセージが届いた。開く前から予感していた通り、国会前のデモの誘いだった。
――金曜日のデモ、予定大丈夫だったら、よろしく! あと、10日(木)、11日(金)、14日(月)~18日(金)に「戦争法案廃案! 国会正門前行動」デモもあるから、よろしく!
金曜日だけじゃなくて、連日、行われるのか……。
民喜はため息をついた。
何て返信したらいいんだろう?
スマホを眺めながら、敷きっぱなしの布団に寝転ぶ。
山口は八王子の実家から大学に通っているが、アルバイトをして学費を払っているとのことだった。深夜のアルバイトをしつつデモに参加するのは大変だろう。それができている山口はすごいと思う。とても自分は山口と同じようにはできない。
民喜はピリピリとするような苛立ちを感じた。
山口に比べて、自分は何なんだろう。アルバイトもせず、就職ガイダンスにも参加せず、デモにも参加せず……。
食堂で一緒になった「もっちゃん」の姿が頭に浮かんだ。先週の金曜日、「もっちゃん」は就職ガイダンスにちゃんと出席した後、遅れてデモに参加したのだろうか。
断る理由を見つけることができず、ひと言、
――りょうかい!
と返信を送った。
すぐに既読になり、
――サンキュー! じゃ、金曜日、いっしょに行かない? 6時に武蔵境駅でいい?
山口からの具体的な提案を苦々しく思いつつ、
――いいよー。よろしく!
と打って送信する。これで、金曜日にデモに行くことが確定してしまった。
布団に寝ころんだまま、再びため息をつく。まもなく山口から親指マークのスタンプが届いた。
目を瞑る。すると脳裏に明日香の立ち姿が浮かんできた。ベージュのニットのトップスを着て、黒色のマキシスカートを履いた彼女の立ち姿……。構内の「滑走路」で肩を寄せ合うようにして、二人でスマホを見たことを思い起こす。切ないような感覚が民喜の体の内を駆け巡る。
いま、彼女の手を握り、彼女の体を抱きしめることができたら、どんなにいいだろう、と思う。
民喜は起き上がって明日香とラインを交換した際のやり取りを見返した。
――よろしくお願いします
――こちらこそよろしくお願いします ……
翌日は一日中雨だった。
夕方、駅前の書店で原民喜の本を探してみたが、見当たらなかった。
駅からバスに乗り、最寄りの停車場で降りる。近くの牛丼屋で夕食を済ませ、民喜はアパートに戻った。
アパートに戻ったとき、ふと後ろの方から視線を感じた。振り返ってみるが、もちろん誰もいない。後ろには窓とカーテンがあるだけだった。
民喜は念のため、カーテンを開けて窓の外を眺めてみた。ここはアパートの3階で、もちろん人がいるわけはない。雨に濡れた外の通りには、誰一人歩いてはいなかった。
*お読みいただきありがとうございます。
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