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必要な遠回りをしてほしい

先日の夜更け、所用がありれいこちゃんに電話した。夜更けも夜更け、もう寝ているかなと思いながらかけたら、予想通り電話に出ない。就寝していてもおかしくない時間であったし、いさぎよく諦め、わたしは電話を切った。

翌朝。早い時間にれいこちゃんからメッセージが入っていた。
「久しぶり、電話くれたんやね! 夜中に気づいたけど、いま彼と旅行中だから話せないんだ。ごめんね」
れいこちゃんは優雅にも、彼と一緒に桜を愛でる旅に出かけていた。書かれていた旅程を見るだけで、わりと長い旅だと予想できる。優雅やね。わたしはひとりごちる。

れいこちゃんが「もう彼とは別れる! 無理!」と泣きそうな顔でわたしに話してきたことは、一度や二度のことではない。さんざん彼の性癖について悪態をつき、ささいなことではありながらも日常的に繰り返される彼の悪事について、何度となく報告があった。「もう絶対に別れる」。そうなんだね。わたしはそう言うしかなかった。そうなんだね。そうなんだね。

れいこちゃんと彼と関係はわたしにはわからない。「別れる」を繰り返し、結果別れていないことは、傍からみれば思うことはつのるけれど、もしかしたら自然なことなのかもしれない、と思う。それぞれの関係は個別のものだ。彼氏彼女などの恋愛関係に限らず、親子や友人関係であっても。おおまかな傾向は認められるだろうが、個別の関係をそれに当てはめて理解しようとするのは間違っている。それは関係性への冒涜だと思う。

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例えばDVの被害にあっていることを相談したとき、支援者からは、よく「加害する人とは一刻も早く離れたほうがよい」と言われる。加害の内容にもよるけれども、自分を守る手段として、ともかく加害者と離れろと勧められることが往々にしてある。
支援者の言葉はよくわかる。もしかすると、混乱しているときほどすっと入ってくる言葉かもしれない。加害者によって混乱させられているとき、支援者のその言葉は「正しく、正義のように」聞こえるかもしれない。とにもかくにも危ないのだから逃げなさい、離れなさい、身を守りなさいという言葉は、声高であればあるほど混乱している相談者には力強く聞こえる。わたしは逃げなきゃだめなのか、早く離れないと。盲目的にその言葉を信じて行動を起こすことが、ただ自分に残された方法なのだと思い込む。

「離れなさい」という支援者の言葉を理解し受け止めつつも、実際の行動に移せないこともある。「離れる」という変化は相当なエネルギーをともなう。離れた先での苦しさを想像すると、離れたくないと思ってしまう。そのような相談者は、いずれ取りこぼされる。支援者の思う通りに動けない相談者は、支援のふるいにかけられるのだ。

わかるつもりだ。支援者が「離れなさい」と繰り返し伝えたくなる気持ちは。相手によっては疑心が湧いてくることもあるけれど、そこを含めたとしても支援者のその言葉は間違いではない。おそらく。

でも、と思う。あまりに想像力が乏しすぎやしないか? と。「そんな悠長なことを言っているあいだに大ごとが起きたらどうするの?」きっとそう返してくるだろう。もちろん、命を落とすようなことがあったり、取り返しのつかないような出来事が起こる可能性はゼロではない。そのようなことが起こらないように「支援」しているのだから、彼らの言うことはもっともだ。

加害者から逃げられないでいる苦しみもあれば、加害者から逃げたことによって生まれる苦しみもあるかもしれない。トラウマティック・ボンディングと呼ばれるある種の絆が強すぎて、逃げた先で生きる希望を失う被害者も存在する。逃げた先で適切な支援やケアを受けなければ、生きる希望が枯渇するであろうことは容易に想像がつくだろう。誰でもどこでも適切な支援やケアが受けられるとは限らない。もしかすると「これはあなたのため」と支援者側が自信たっぷりに施す行いが、被害者のこころを瘦せ細らせている可能性だってある。

「加害者から逃げない」という選択は、どうして軽視されるのだろう。答えは簡単だ。変化を恐れ、現状維持に甘んじているだけだと解釈されるから。だが、果たしてそうなのだろうか?

わたしがこんなに共鳴してしまったのは、動けなかった過去があるから。「動けなかったあの頃の自分を代弁してくれている」と感じ、熱がこもってしまったのかもしれない。ただ、動けたいまでも、支援に関する違和感はずっと残っている。いや、本質的には動けていないままかもしれない。動く・動けないで行き詰まり、膠着してしまいそうなそれらを丁寧に洗い出してくれているような本。
支援が、一方通行の自己満足に終わってほしくないと願う。遠回りをしている余裕がないことであるのもわかるけれど、それでも、遠回りができる余裕があるかどうかを見極めて、必要ならばそうしてほしいと思う。

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