海洋政策・船舶科学 吉野研究室

実務海技士兼在野研究者として、海技士視点で海洋政策や船舶科学の研究をしています。船や船…

海洋政策・船舶科学 吉野研究室

実務海技士兼在野研究者として、海技士視点で海洋政策や船舶科学の研究をしています。船や船乗りの世界は、多くの人々にとっては知っているようでいて実は知らない世界かと思います。そんな世界の住人としては珍しく、社会科学分野を研究フィールドにしています。

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最近の記事

水先人の移乗事故

2023年5月5日、長崎港で水先人の移乗事故(落水死亡)が発生し、広く報道されました。業務中の死亡事故であり、深く哀悼の意を捧げます。 水先人は、PILOT(パイロット)と呼称されます。パイロットと言えば、航空機操縦士を思い浮かべる方が圧倒的に多いと思いますが、厳密には、AIR PILOT(エアパイロット)のように(エアラインパイロット、ファイターパイロットなどなど)呼称して、水先人と区別されます。余談ですが、航空機の世界は艦船の世界をモデルとして近年発祥しましたので、類似

    • 日本航海学会の退会

       2022年7月の日本航海学会学会誌NAVIGATION221号に掲載された拙投稿「研究・調査 尖閣諸島海域調査航海における一考察」に関しまして、掲載後にいささか出来事がありました。その結果、当時の情勢においてはやむを得ないと考えて電子公開(J-Stage)の取下げに合意しました。  その後、社会情勢が変化し、明らかに私の主張が社会の大勢実情となったことから、電子公開の回復を要請してまいりましたが、学会から拒否されたため、「私個人の価値観において」、私の研究及び社会還元を果た

      • 災害医療への艦船活用に関する不整合性―内閣府検討会と病院船推進法―

        日本航海学会『日本航海学会論文集 147巻』pp.9-23 2022年12月 要旨 わが国政府は、災害時支援の充実を図るために艦船を活用する検討を重ねてきた。更なる有効活用を図るために、政府や自治体レベルにおいて、運用上の改良や平時から緊急時へ至る艦船活用手順の制度化が徐々に進められている。1991年から行われた政府による「病院船」保有の検討は、2021年3月に否定的な結論の報告書として公表された。報告書において検討会の有識者らは、建造、維持、運用にかかる巨費のみならず、数

        • いなづま海難

           新年早々の1月10日正午過ぎに、海上自衛隊の汎用護衛艦いなづま(DD105 むらさめ型5番艦、2000年就役、三菱重工長崎造船所建造)が周防大島沖のセンガイ瀬に座礁しました。  JMU因島造船所での定期修繕の最終段階である海上試運転をしている最中であり、主機試験をしていたようで、全速力とされる30ノット(32ノット出ていたとの情報もあります)でセンガイ瀬にほぼ真正面から突っ込んだようです。  報道されている範囲では、艦首底部にあるソナードーム外板に亀裂、艦底に凹損と亀裂(場

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        • 海難・事件
          17本
        • 研究内容
          11本
        • 船員教育
          2本
        • 南シナ海島嶼領有権問題
          3本
        • 武力攻撃事態と海上交通
          2本

        記事

          KAZU I 海難 2

           一昨日(2022年12月15日)、運輸安全委員会が「KAZU I 海難」に関する事故調査の経過報告書を公表しました。  2022年4月26日の拙note記事「KAZU I 海難」で申し上げた事故原因に関する私の考えは外れていました。  私は「浸水発生個所は船首外板(船底や上甲板を含む)。右舷船首外板の古傷が荒天の波浪衝撃で破られて破孔となり右舷船体内に浸水、機関室と主機が水没、電源喪失、操船不能、船首・右舷に傾斜しながら漂流、沈没に至ったものと思われる」と書きました。  船

          尖閣諸島海域調査航海における一考察

          日本航海学会『NAVIGATION 221巻』pp.55-64 2022年7月 要旨 2022年1月27日から2月5日までの間、東海大学の海洋調査研修船「望星丸」は石垣市に傭船され、尖閣諸島へ海洋調査航海を実施した。現在、同諸島は国の所有管理下にあり、日本と中国及び台湾の間に領有権問題が事実上存在し、同諸島に付属する領海及び接続水域には、日本の海上保安庁巡視船と中国の海警局巡視船が常在して鎬を削っている状態である。本航海はいくつかの課題を浮き彫りにした。  一つは、海洋調査

          尖閣諸島海域調査航海における一考察

          遠隔操船シミュレータ BRM能力の修得 Remote Use of Shiphandling Simulator -BRM skill acquisition-

          The Journal of Navigation, Royal Institute of Navigation, Volume 75, Issue 4, July 2022, pp.813-831 英国王立航海学会『The Journal of Navigation』75巻4号813-831頁、2022年7月 https://www.doi.org/10.1017/S0373463322000352 要旨2020年春に始まった新型コロナウイルス感染対策として、STCW条約

          遠隔操船シミュレータ BRM能力の修得 Remote Use of Shiphandling Simulator -BRM skill acquisition-

          航海物標としての沖ノ鳥島

          日本航海学会『NAVIGATION 220巻』pp.38-44 2022年5月 要旨 2021年12月2日から同月10日までの間、日本の最南端である沖ノ鳥島(東京都小笠原村)へ海洋調査航海を実施した。今次航海では、同島を右舷船首に見て接近し、引き続いて距岸0.5浬前後を維持して同島を周回した。そこで航海物標としての同島の評価を目的として、レーダー及び目視による初認距離及び環礁外縁で識別される全体像等のレーダー画面への映り方を調査した。この目的の背景は、国連海洋法条約(UNC

          航海物標としての沖ノ鳥島

          南シナ海、中国主張の法源探し

          南シナ海の島嶼を巡り、中国が大陸棚限界委員会に内水域を設定する旨を表明しているとの報道がある。 <独自>南シナ海の中国権益に日本異議 大陸棚委 日米声明「不法盛る」(産経新聞) - Yahoo!ニュース 記事によれば、中国は群島水域を設定するように読める。そして日本はそれを認めないとの異議を表明した。 ある国の表明に対して、他国が拒否や意義を表明することは通常のことであり、例えば、タイの直線基線に対する異議、日本の沖ノ鳥島を島とする表明に対する異議など、世界中で多くの主張

          南シナ海、中国主張の法源探し

          ウクライナ 海上貿易再開への道

          ようやくというべきでしょう。ウクライナの海上貿易再開への方途が具体化してきつつあります。 世界的食糧危機で「場外乱闘」に発展か?ロシア軍が妨害するウクライナ穀物輸出をイギリスなど有志国が護送構想 ジャーナリスト 木村太郎 (fnn.jp)  まず、スタートとして踏まえておかなければならないことは、国際社会において、国家を超える主権主体はないということです。つまり、国際社会を統治する存在はなく、国際社会はアナーキーな社会とされています。個人が主張し合う無政府社会。これと同じ

          ウクライナ 海上貿易再開への道

          KAZU I 海難

           4月から学術界を離れて実業界に復帰したこともあり、海難等への言及は控えておこうと思っていましたが、今回の「KAZU I」海難については、どうしても発信しておかなければならないという気になりました。  その理由は、メディアで発言している専門家もどきの言いたい放題が目に余るからです。私は従前から、日本人は海洋民族ではなく海岸民族に過ぎないこと、海や船に対して関心を持っていないうえに関心を持つ必要もない歴史を紡いできたこと、等を申し上げてきました。そして現実に、海や船や海運のこと

          病院船 北極域研究船の兼用案

          出ては消えるのが病院船構想です。専用病院船の新造導入は政府の検討で2度にわたって否定されました。コスト、平時運用、運航人員、病院要員など課題解決が困難なことは明らかです。そもそも船はカネと手間がかかるものです。 現在は専用病院船ではなく、自衛艦や巡視船に病院船機能を付与することに落ち着いています。しかし、その機能が使用された事例はないとされます。東日本大震災においてもです。 そもそも自衛隊や海上保安庁には本来任務があり、平時においてすら余剰能力はない状態です。災害などの有事に

          病院船 北極域研究船の兼用案

          木材チップ専用船 M/V CRIMSON POLARIS 座礁、船体折損海難

          邦船社が実質船主であるパナマ船籍木材チップ専用船「CRIMSON POLARIS」が2021年8月11日朝7時35分、日本の青森県八戸港外で錨泊中に強風で走錨して座礁(一部報道によれば、いったん自力離礁成功後、再投錨したとの情報もあります)、船体亀裂により夕方、乗組員全員が海上保安庁に救出されました。その後、無人状態の本船は翌12日早朝4時15分に船体分断が確認され、燃料油の海洋流出事故に発展しました。 現時点(2021年8月13日00時01分)で、日本郵船は事故第3報までを

          木材チップ専用船 M/V CRIMSON POLARIS 座礁、船体折損海難

          オマーン湾波高し!?

          M/T MERCER STREET はFUJAIRAH到着 オマーン沖でドローン攻撃を受けて2名(ルーマニア人船長とイギリス人民間武装警備員と思われます)が死亡、アメリカ海軍が護衛に駆け付けたプロダクトタンカーMERCER STREETはAIS情報によれば、昨日8月3日未明にアラブ首長国連邦(UAE)のFUJAIRAH港に投錨しました。現状では、危機を脱したと言ってよいと思います。今後は各種調査、査定、修理などの海難処理を行って一日も早いビジネス復帰を図っていくことになります

          M/T MERCER STREET 被攻撃海難

          2021年7月29日夜、中東のオマーン沖にて邦船社が実質船主であるリベリア船籍プロダクトタンカー「MERCER STREET」がドローンを使用した攻撃を受け、現時点でルーマニア人(船長との情報あり)1名とイギリス人(民間武装警備員との情報あり)1名が死亡と報じられています。船は海難時の非常通信(おそらく遭難通信を発したと思われます)によって来援したアメリカ海軍(空母ロナルド・レーガンと随伴駆逐艦)に付き添われて自力航行で安全海域(おそらくオマーンの某港)に移動したとのことです

          第172榮寶丸釈放帰国

           宗谷海峡東方海上でロシアに拿捕されていた日本漁船第172榮寶丸が釈放されて、本日2021年6月11日午前6時ごろに稚内港に帰国しました。罰金約900万円を支払って釈放されたと報じられています。  これは国際法通りの手続きです。国連海洋法条約を見てみます。 国連海洋法条約  第5部 排他的経済水域   第73条 沿岸国の法令の執行1 沿岸国は、排他的経済水域において生物資源を探査し、開発し、保存し及び管理するための主権的権利を行使するに当たり、この条約に従って制定する法令の