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木材チップ専用船 M/V CRIMSON POLARIS 座礁、船体折損海難

邦船社が実質船主であるパナマ船籍木材チップ専用船「CRIMSON POLARIS」が2021年8月11日朝7時35分、日本の青森県八戸港外で錨泊中に強風で走錨して座礁(一部報道によれば、いったん自力離礁成功後、再投錨したとの情報もあります)、船体亀裂により夕方、乗組員全員が海上保安庁に救出されました。その後、無人状態の本船は翌12日早朝4時15分に船体分断が確認され、燃料油の海洋流出事故に発展しました。
現時点(2021年8月13日00時01分)で、日本郵船は事故第3報までを公開しています。

M/V CRIMSON POLARIS

 タイのシラチャ港(SRIRACHA, Thailand)から日本の八戸港(HACHINOHE, Japan)へ44,000MTの木材チップを積載状態の満船で到着して錨泊中。二か国混乗21名が乗組み(中国人、フィリピン人)。

IMO番号 9370783
旗国(船籍国) パナマ(船籍港はパナマ)
船種 Wood Chips Carrier
呼出符号(信号符字) 3ERA6
MMSI 354157000
建造 常石造船(日本)1368番船 2008年
船級 日本海事協会(Class NK)
登録船主 Mi-Das Line SA(パナマ)
実質船主 洞雲汽船株式会社(日本)
船舶管理会社 美須賀海運株式会社(日本)
船員配乗会社 美須賀海運株式会社(日本)
用船者 日本郵船株式会社(日本)
全長 200.0m
幅 32.0m
深さ(上甲板) 12.0m
満載喫水 11.6m
最大速力 16.0knots
載貨重量トン(DWT) 49,549MT
総トン数(GRT) 39,910
主機関 三井 MAN B&W 6S50MC 8,360KW/124RPM
貨物艙数 6
貨物用デッキクレーン 14MT x 3基

場所

 八戸港外つまり八戸港の防波堤内ではなく、防波堤の外です。陸岸から2.4海里(約4.5㎞)沖の浅瀬にいるとされています。身長183センチくらいの人が砂浜の波打ち際に立って沖を見たときの水平線までの距離です。
 場所が港外ということと、2.4海里ほどあるということは、今のところ、幸運といえます。流出油が海岸漂着していないことと、人目につきにくいことは海上事故の処理にとって幸運です。また、二つに折損した船体の双方が着底しているとみられることから、現場が移動する可能性も低いと見られますので、運があったというべきです。

状況

 錨泊中に強風で走錨座礁、船体に亀裂発生、乗組員全員救出。この時点で本船は安全ではないと判断されたことになります。言い換えれば、沈没やむなしです。なので、この時点で関係者は船体折損、燃料油流出、沈没、までを予想して行動を開始していたはずです。
 船首から6番カーゴホールド前端(船体折損部)まで(船首から140mくらいでしょうか)は船首の両舷錨が効いているようで、錨泊状態にあるようです。それより船尾部は船尾端を持ち上げるように前のめりになっており、動画での動きから判断すれば、折損部が海底に着底しているように見えます。
 本船が搭載していたものは、
貨物である木材チップ 44,000MT
燃料重油 1,550MT
燃料軽油 130MT
潤滑油 4.3MT
と発表・報道されています。
 現場から北北西方向に長さ5.1㎞、幅1㎞の流出油膜が確認されており、海上保安庁と海上災害防止センター(海災防)が出動して対応中、海岸では油回収業者が待機、船体・貨物・残油処理についてはサルベージ業者が待機、ということですから保険会社の調整の下で万全の態勢をとっているということだと思われます。
 種々情報から判断するに、6番カーゴホールドの下にある二重底タンク(燃料タンク)は完全破壊、肩にあるショルダータンク(燃料タンクの可能性高い)も完全破壊、機関室内のセットリング・サービスその他の燃料油や潤滑油のタンク類や配管類からの油流出もあると思われます。また、5番カーゴホールドやさらに船首側にある二重底燃料タンクからの流出可能性は配管と弁、そして折損船体の状態次第です。つまり、流出油の発生を止める状況ではなく、流出がつづく油を下流で回収している状況でしょう。
 荷物についてですが、1~5番カーゴホールドの貨物は船内にあり、6番カーゴホールドのは全量流失したと見られます。

木材チップ

 木材チップは簡単に言えば木の皮を砕いたものです。パルプにしてから紙になります。荷主は製紙会社です。最近はバイオ燃料としてバイオ発電所でも燃やされるようになってきました。しかし、全体としては需要量=海上輸送量は減少傾向です。木材チップ産出国は国内でパルプに二次加工して輸出するほうが高価格で販売できます。また、紙の需要は減少していますので、製紙業界はなかなか大変です。

チップ船

 チップ船とは妙な船です。私はいまだにこの船種の必要性を理解できずにいます。実際、チップ船は世界で見るとレアな船種です。140隻くらいしかいないと思われます。ほとんどが日本商船隊に属しています。日本以外でチップ船を使用しているチップ輸入国は中国やインドくらいかもしれません。欧州や南北アメリカやアフリカのチップ輸出入に無関係の港で出会うチップ船は、SBM(大豆かす、黄な粉ですね)輸送のアルバイトに出ているのです。日本のチップ輸入元は、チリ、オーストラリア、南アフリカ、ブラジル、ベトナムといったあたりです。
 チップ船は甲板上にデッキクレーンとホッパー、ベルトコンベアを装備しています。そして船首付近に左右への出っ張りを持ち、揚げ地では岸壁側のその出っ張りの扉を開けてベルトコンベアを陸に差し出します。そこで陸側のコンベアにつながって貨物を陸揚げするわけです。つまり、揚げ荷役の設備が船に装備されています。軽い荷物ですから同じ重さで比べるとかさばるわけです。かさばる荷物は珍しくはありません。原木も合板も木材系はかさばりますし、穀物も雑貨もパルプも自動車も人間もかさばる軽い荷物です。ばら積み可能なかさばる荷物のための船型として「かさ高船」があります。船の舷側を思い切って高くした船型です。チップ船もまさにそうなのです。ですから、木材チップは一般かさ高ばら積み船で問題なく輸送可能です。揚げ荷役は荷主が用意する陸上設備で行います。普通のばら積み貨物と同じですね。世界を見るとそういうことでよろしいです。ですが、日本を見ると、かさ高ばら積み船に揚げ荷役設備を装備したチップ専用船がチップ輸送を占めています。製紙会社は揚げ荷役設備を用意しません。なぜこのようになったのか、一説には高い運賃や用船料を獲得するために邦船社が製紙会社を誘導したとも言われますが、真相はよくわかりません。ガラパゴスなのは確かです。

原因推測

 運輸安全委員会が船舶事故調査官を派遣していますので、軽々な推測はするべきではないかもしれませんが、実務海技士として少しだけ。今回の原因ではないと思いますが、この機会にチップ船について言いたいことを・・・。
 まず工学的問題は、ダブルハル(二重船殻)化の網から逃れ続けてきたチップ船のあり方、シングルハルなのに塗装や錆うちなどの艙内整備を認めない運航体制と荷主の態度。
 チップ船のバラストホールド(空船時にバラスト海水を漲水する貨物艙)はドックでしか整備できません。理由は、常時、チップ入っているか、バラスト入っているかの二択しかないからです。それ以外のホールドは空船時にはさわれますが、
 タッチアップ禁止 剥離塗料片の発生可能性を防止するため
 錆うち禁止 鉄粉の発生可能性を防止するため
なので、やる場合は一面全部を一気にやることになっています。航海中にそんなことは不可能なので、結局はドックでしかやりません。ドック期間中に6ホールド全部を全面やることは不可能なので、通常は2回のドックに分けてやります。だいたい10年目前後の入渠2回で6ホールドをやります。内容は、サンドブラストによる全面剥ぎと塗りなおし。時代的に(ドックの周辺環境への問題から)サンドブラストできるドックが絶滅危惧化しているので、ドック選びが大変です。もう日本ではできません。おそらくウォーターブラスト化していくでしょうが、能力が低いので悩みどころです。
 バラストホールドは大体4番ホールド。小型ホールドですが、ドックでは毎回整備します。理由はバラスト海水による電蝕の補修と発錆がえぐいからです。
 かさ高船型ゆえの風圧面積のデカさと、ダブルハル化から逃げ回ってガラパゴス化した低レベル整備のシングルハル船。つまり、風に弱く、座礁すれば脆いといえます。
 本船の人的問題は、中国人職員の海技力再検証と中比混乗体制の安全性検証をすべきでしょう。そもそもは走錨が原因ですから。

日本の関わり

 旗国主義の船の世界、今回も日本政府は蚊帳の外でしょうか?
実は違うのです。なぜなら場所が日本領海内だからです。さらに八戸錨泊つまり八戸に到着している状態です。外国籍船といえども沿岸国の司法権に服します。
 本船についてはパナマが旗国つまり船主国となります。日本は船主国として出る幕はありません。乗組員母国としても日本の出る幕はありません。
 本船の荷主は日本の製紙会社です。日本(政府ではありませんが)の出る幕はありますね。
 実質船主も船舶管理も用船者(運航管理)も船員配乗も本邦法人です。海損保険もP&I保険も本邦法人の可能性が高いですね。他に日本が関係するとすれば、サルベージや処理に際して建造造船所や船級が関係します。本船は常石造船建造で、船級は日本海事協会(Class NK)ですので、常石造船やNKはすでに動いているはずです。本件は日本企業だらけの事故です。が、いずれも政府ではありません。
 日本担当のSAR(捜索救助)範囲、しかも日本領海内の事故ですから当然、本船乗組員の救助や流出油処理、事故対応は海上保安庁や海上災害防止センターが担います。政府は連絡室を設置しています。今回は海難沿岸国として日本政府の出る幕があるのです。

まとめ

 邦船社の関係する海難事故は連続して発生しています。走錨が事故の始まりで間違いないとすれば、本件も乗組員(外国人)の海技力の低さ、陸上から支援する海技員(陸上勤務海技士、主として日本人)たちの海技力の低さ、関係邦船社の管理システムの不順守或いはシステムの欠陥など、おそらくは人的原因が根底にあると思われます。ヒューマンエラーが最大の事故原因であり続けるのなら、無人化船の実現が望まれるということになるでしょう。

実務海技士が海を取り巻く社会科学分野の研究を行う先駆けとなれるよう励みます。