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ウクライナ 海上貿易再開への道

ようやくというべきでしょう。ウクライナの海上貿易再開への方途が具体化してきつつあります。

世界的食糧危機で「場外乱闘」に発展か?ロシア軍が妨害するウクライナ穀物輸出をイギリスなど有志国が護送構想 ジャーナリスト 木村太郎 (fnn.jp)

 まず、スタートとして踏まえておかなければならないことは、国際社会において、国家を超える主権主体はないということです。つまり、国際社会を統治する存在はなく、国際社会はアナーキーな社会とされています。個人が主張し合う無政府社会。これと同じで、主権国家が主張し合う無政府社会が国際社会です。歴史の中で国際社会は秩序を持つことが大切だと学びました。その秩序を国際法というわけです。文字化されて署名によって約されたものを条約や協定などといい、無形のものを慣習国際法といいます。
 国際法はその数を増やし、秩序化される分野も増えてきました。アナーキーな国際社会では主権国家間の利害の対立を解決するために、武力をもって相手に自国の要求を強要すること、つまり戦争、が最後の手段として用いられてきました。昔は国家は小規模であり、王や貴族が経営するものでしたから、戦争は職業軍人の仕事であり、収穫期を避けたり、お互いに加減を知ったものでありました。その後、ナポレオンをきっかけに王政が衰退をはじめ、国民皆兵や総力戦といった仕組みに移行します。イデオロギーが戦争の理由となり、国家存亡をかける悲惨な戦争形態へと移行したのです。非常に簡単に書きましたが、もちろん、そんなに単純に歴史が流れてきたわけではありません。思い切って単純化したものと捉えてください。
 戦争が悲惨さの極みへと進んだことから、戦争にも秩序が設けられます。戦時国際法です。

 戦時国際法、中でも海戦法規は私の専門研究対象の柱の一つになります。ですから、詳細さを求めるなら、私の学位論文をご参照ください。http://id.nii.ac.jp/1342/00001739/

 戦争法規は、侵略戦争を禁じています。防衛戦争は認めていますので、不戦条約以降の戦争はほとんどすべてが防衛戦争です。第二次世界大戦も防衛戦争です。信じられないでしょう。でも本当です。なぜなら、防衛戦争の定義はなく、主権国家が「こうこうこういう理由であるから、我が国は防衛のためにやむを得ず戦う」と宣言すれば、防衛戦争になるのです。
 戦争法規は、戦争にルールを決めています。陸戦法規、海戦法規、空戦法規、そして国際人道法といわれるジュネーブ諸条約。これらを中心にいくつかの条約で構成されています。
 海戦法規は軍艦がまだ帆船だったころに生まれ、その名残が残っています。現代戦とは整合できない部分もあり、伝統的海戦法規ともいわれます。海戦法規の作り替えも議論されてはいますが、進んでいません。そこで、伝統的海戦法規を生かしながら、それを補完する実務上の合意ルールとして国際社会で有効とされているのが、サンレモマニュアルです。言い換えれば、サンレモマニュアルで規定されていない部分に伝統的海戦法規を用いる、という理解でも、よろしいと思います。
 では、今回の主題。
ウクライナの海上貿易再開への道です。

 
 海戦法規では、戦闘海域と一般海域が重なる前提があります。今の黒海でいえば、ウクライナとロシアが海戦(軍艦対軍艦である必要はありません 攻撃対象が海に在れば海戦です)を行っている場合、その海域は戦闘海域ですが、あくまでもロシアとウクライナにとっては、ということです。中立国船舶にとっては、あくまでも公海であり、公海自由の原則が貫かれます。海は旗国主義であり、中立国籍船舶は、ロシアからもウクライナからも干渉されません。干渉できるのは、戦時禁制品を敵国に利するように輸送していないか、という点でのみです。ちなみに、戦時禁制品は開戦後、敵国に適用する禁制品を決定して国際社会に公表する必要があります。今回、ロシアは戦争ではないとしていますので、ウクライナに適用する禁制品は定められていません。
 ウクライナはオデーサ等の港湾を封鎖されているとされます。封鎖は海戦法規で認められた合法的手段です。ウクライナがその封鎖を破ることができた場合、海上貿易を回復させることが可能となります。問題は、黒海洋上での商船の安全確保ということになります。ロシアはウクライナに出入りする外国船舶を妨害したり、嫌がらせをする可能性があります。また、現実として、ロシアは外国籍(中立国)船舶数隻を攻撃しています。意図的に攻撃したとは口が裂けても言えませんので、黙っているか、誤射だったと言い訳するか、敵対行為があったとでっちあげるかです。いずれにせよ、ロシア籍でもウクライナ籍でもない外国籍船(日本籍を含む)は、すべて中立国船舶であり、航行の自由を有します。中立国船舶の安全を確保するために海戦法規が認めている方法が、護送です。
 海戦法規によると、中立国船舶はその船籍国の海軍に護送される場合、戦争当事国からの臨検や拿捕を避け得ることができます。護衛艦艇が誰何に対して対応することで、戦争当事国はそれを信じて引き下がるか、信じずにその船籍国軍艦と対決する(=その中立国を敵国に加えることになる)かです。サンレモマニュアルでは、これに、船籍国と協定して受権した国の軍艦による護送も有効であるとして加えました。現代の貿易船はほとんどが便宜置籍船です。代表的な例でいうと、パナマ籍の貨物船はパナマ海軍軍艦に護送される必要なく、パナマ政府がアメリカ政府やイギリス政府と協定し、自国籍船の護送権をアメリカやイギリスに授権したとします。そうなれば、パナマ籍の貨物船はアメリカ海軍やイギリス海軍の軍艦に護送されることが可能となり、ロシアは護送を受けているパナマ籍貨物船に手出しができなくなります。手出しをした場合、護送艦艇の所属国であるアメリカやイギリスに対して直接戦火を開いたことになります。
 この護送は、1980年代の長期間戦争であったイランイラク戦争で行われた「無差別商船攻撃」「無差別タンカー攻撃」下のペルシャ湾でも大々的に実施されました。当時は授権・受権制度がありませんでしたので、欧米諸国やソ連は自国籍タンカーを護送するためにペルシャ湾に自国海軍を派遣して護送を実施しました。当時の日本はいかなる理由があろうと自衛隊を海外に出すことは政治的にあり得ず、護送を受けられない日本籍タンカーは様々な自主的対策をもって丸腰でペルシャ湾への入湾を続けたのです。日本だけではなく、便宜置籍船、その他中進国以下、自国海軍をペルシャ湾に出す力のない海運国家は、自国商船隊を守るすべを持たなかったのです。

 ようやくといっていいでしょう。海戦法規に則った正当な手段である護送をもって、ウクライナからの穀物輸出航路を回復させることは、アフリカを中心として世界の多くの人々を救う手段となります。
 日本商船隊はウクライナからの穀物輸送に従事しますが、日本向けの割合は低いです。また、ウクライナ航路に日本籍船というケースは極めて稀であり、便宜置籍船と考えていただいて結構です。
 イギリスやEU諸国、あるいはNATO海軍が黒海でウクライナ海上貿易航路を護送すると決意し、実行するのであれば、便宜置籍国をはじめとする諸国それぞれと協定を結び、護送権を受権することになるだろうと思います。
 そうなれば、ロシアはオデーサ港などの封鎖をウクライナ軍に破られてしまえば、外国籍船による海上貿易の復活を物理的に阻止することは無理な話といって良いでしょう。

 蛇足ですが、戦争当事国はロシアとウクライナの2か国だけであり、ウクライナに武器供与をはじめとして大量の支援を行っていようが、ポーランドやイギリス、アメリカ、ドイツ、日本その他すべての国々は中立国なのです。それが国際法です。実際、朝鮮戦争の際に、中国は義勇軍という看板を掲げたことで中立国の立場を維持できました。冷戦時の紛争はほとんどすべてがアメリカ対ソ連の代理戦争でしたが、アメリカもソ連も中立国の立場でした。

実務海技士が海を取り巻く社会科学分野の研究を行う先駆けとなれるよう励みます。