オマーン湾波高し!?

M/T MERCER STREET はFUJAIRAH到着

 オマーン沖でドローン攻撃を受けて2名(ルーマニア人船長とイギリス人民間武装警備員と思われます)が死亡、アメリカ海軍が護衛に駆け付けたプロダクトタンカーMERCER STREETはAIS情報によれば、昨日8月3日未明にアラブ首長国連邦(UAE)のFUJAIRAH港に投錨しました。現状では、危機を脱したと言ってよいと思います。今後は各種調査、査定、修理などの海難処理を行って一日も早いビジネス復帰を図っていくことになります。

M/T ASPHALT PRINCESS が乗っ取られている??

 報道によれば、FUJAIRAH東方沖のオマーン湾で、パナマ籍のアスファルトタンカーASPHALT PRINCESSがハイジャックされているとか。船舶の乗っ取りは「シージャック」というほうが良いとは思うのですが、なぜか航空機乗っ取りと同じ「ハイジャック」に収斂されてしまいました。それは良いとして、イギリスとアメリカがハイジャック判断をしている理由は正直なところよくわかりません。公開情報が少なすぎるためです。先週の水曜日時点でイランのJASK港に向かって微速で移動していたとの情報(STARS AND STRIPESによる報道)があり、ハイジャック疑いの理由の一つのようですが、現時点のAIS情報によれば、本船はUAEのKHOR FAKKAN港からオマーンのSOHAR港に向かっています。やや低速(5~6ノット)なのが気になりますが、到着時間調整で船速を調整している可能性もあります。AISの位置情報としてはオマーンに向かって移動していることから、ハイジャック(特にイラン系の犯行として)船といわれて、迷いなく首肯することはできないです。報道を経て、解放された可能性はありますが。

他に6隻がハイジャック??

 STARS AND STRIPESやREUTERSが報じるところによれば、8月3日火曜日現在で石油タンカー6隻(STARS AND STRIPES)あるいは船舶5隻(REUTERS)がUAEとイラン間の海域でハイジャック疑いとされています。その根拠として挙げられているのはAIS情報で船舶STATUS(状態)が「NUC: Not Under Command」(運転不自由船)になっていたことです。そして両紙とも「運転不自由船STATUSは、操船操機能力を喪失している状態」と説明しています。そしてSTARS AND STRIPESは業界人のコメント「同時期に同じ海域で複数の運転不自由船が存在することは極めて稀であり、全ての船が同時に主機や操舵の能力を喪失することはない。」を併記しています。これも素直に首肯できません。同時に同海域に運転不自由船STATUSが存在することは珍しいことではありません。身近な場所でいえば、日向灘や伊豆大島沖などでみられます。船舶は時間調整や船倉清掃、機関整備などで漂泊(ドリフト Drift)することは珍しいことではありません。領海内での外国船遊弋を禁止する法律、いわゆる「HOVERING Act」を持つ国が増加し、またMARPOLによる環境規制強化で、バラスト水の換水や船倉清掃を沖合で実施する機会も増加しています。私も貨物船乗組み時代には数えきれないほどの回数ドリフトしてきました。しかし、AISのSTATUSには「Drift」がありません。なので、漂泊中の船は「NUC」か「Underway Using Engine(主機使用航海中)」のいずれかを選択表示しています。主機使用航海中に速力定義はありませんから、停船状態でも構わないわけです。主機を即座に使用できないあるいは使用したくない場合はNUCで構わないのです。NUCはUUEを含む他のSTATUS船に対して海上交通法規上の優位を持ちます。UUEは逆に他のSTATUS船を避航する義務を持ちます。ですから、多くの漂泊船はNUCを選択します。NUCだからといって全ての船が主機や操舵の能力を本当に喪失しているわけではないのです。

STARS AND STRIPES
https://www.stripes.com/theaters/middle_east/2021-08-03/two-ships-uae-coast-gulf-oman-lost-control-2429775.html

REUTERS
https://www.reuters.com/world/report-attack-under-way-off-uae-coast-ukmto-2021-08-03/

まとめ

 M/T MERCER STREETがドローン攻撃を受けたとき、日本のマスコミやネットは「日本船主」の船が攻撃されたことは日本へのメッセージだ、と誘導するような論調やコメントが乱立しました。が、もし6隻ほどのタンカーが同時期に同海域でハイジャックされているかもしれないとの外電にはどうでしょうか? それらの船にもいちいち登録船主と実質船主がいますし、日本船主ではないほうが多いでしょう。どれだけの国にメッセージを送る犯人なのでしょうかね。はっきりいえば、実質船主の国籍に特別な傾向はないはずです。メッセージを送るなら、便宜置籍船ではない船、つまり実質船主と登録船主が同じ船を狙うのです。例えばイランが韓国政府に石油代金の支払い問題解決を迫った「2021年1月のイラン革命防衛隊による韓国籍タンカーM/T HANKUK CHEMI拿捕事件」のように。
 さらに言えば、ハイジャックの情報自体がどこまで真実なのか、公開情報では判定できないのです。それらの船のハイジャックが事実ならイギリスやアメリカは非公開情報で確信を持っていることになります。解放されたのか、海洋法令執行能力でハイジャック船への行動強制に成功しているのか、ガセだったのか、M/T ASPHALT PRINCESSの現時点でのAIS情報は合理的に説明されなければなりません。公開情報でわかる範囲ではハイジャック疑いそのものに素直に首肯できないというのが外航実務海技士の見立てということになります。

 M/T MERCER STREET事件で理解するべきは船主云々ではなく、ドローンによる船舶攻撃の実用段階進展程度であり、ある意味純粋な軍事戦術分野のことです。日本の海上交通や海上自衛隊や海上保安庁が対艦ドローンにいかに対応するかということにフィードバックするべきです。
 同時多発ハイジャックが事実だとすれば、PG航路(ペルシャ湾航路)の中断リスク査定を更新するべきであり、日本のエネルギー供給の強靭化策にフィードバックするべきです。日本商船隊の強靭な姿とはどういったものか、海戦法規や平和安全法制と整合を図ってキチンと整理するべきです。
 それらに付帯して日本の中東関与政策がある、と捉えるのが私の視点です。

実務海技士が海を取り巻く社会科学分野の研究を行う先駆けとなれるよう励みます。