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KAZU I 海難

 4月から学術界を離れて実業界に復帰したこともあり、海難等への言及は控えておこうと思っていましたが、今回の「KAZU I」海難については、どうしても発信しておかなければならないという気になりました。
 その理由は、メディアで発言している専門家もどきの言いたい放題が目に余るからです。私は従前から、日本人は海洋民族ではなく海岸民族に過ぎないこと、海や船に対して関心を持っていないうえに関心を持つ必要もない歴史を紡いできたこと、等を申し上げてきました。そして現実に、海や船や海運のことなんかは、関心や興味の順位で見ればとても低いところにあると思います。
 陸には、人間がいて、動植物もあり、条約や法律があり、生活があり、電気も水道も、国家も、鉱物資源も、生物資源も、非生物資源もあります。そしてそれぞれに専門家がいます。鉄道事故が起きた場合、鉄道の専門家が各所に呼ばれますし、メディアもコメントを求めます。決して農業の専門家やファイナンシャルプランナーを呼んで鉄道事故原因についてのコメントを求めません。彼らも発信しません。
 空には、人間が飛行機械を使って存在でき、鳥類がおり、条約や法律があり、短期間とはいえ飛行機械の上には生活があり、電気も水道も、国家も、大気成分としての鉱物資源も、生物資源も、非生物資源もあります。そしてそれぞれに専門家がいます。航空機事故が起きた場合、航空機操縦士や整備あるいは航空管制の専門家が各所に呼ばれますし、メディアもコメントを求めます。決して宇宙物理学者や渡り鳥研究家を呼んで航空機事故原因についてのコメントを求めません。彼らも発信しません。
 海には、人間が海洋移動体や構造物を使って存在でき、動植物もあり、条約や法律があり、生活があり、電気も水道も、国家も、鉱物資源も、生物資源も、非生物資源もあります。そしてそれぞれに専門家がいます。船舶海難事故が起きた場合、何を専門にしているのかわからない、船舶運航に関与すらしたことない、海洋と名の付く肩書を名刺に書いているだけの人、例えば海洋経済学者や物流研究者が各所に呼ばれますし、メディアもコメントを求めます。決して船舶運航専門家である海技士や船舶管理の専門家を呼んで船舶海難事故についてのコメントを求めません。彼らも発信しません。
 何かおかしくないですか?
 でも、このような状況は何年も何十年も変わらずに続いている現実です。
 日本社会は海や船に関心がない、という私の主張、なんとなくわかっていただけますでしょうか。


 今回の海難、多くのメディアで連日報道されているので、ざっくりとですが、事実関係とされているものを羅列します。

船長からの遭難連絡
「船首に浸水して沈みかかっている。エンジン(主機)作動しない。カシュニの滝の近く。」その後、「30度近く傾いている。」が最後の連絡とされています。

海技士の視点で見ると、この時点ですでに次のことがわかります。
・座礁していない。陸地至近どころか、かなり沖にいる。
・主機は水没によって停止し、再起動不可能。
・船首の右か左のどちらかの舷から浸水している。つまり浸水発生個所は船首外板(船底や上甲板を含む)であり、破孔を生じている。
・波高3m、風速16㎧という気象海象から、波浪が船首を叩いて破孔や亀裂を生ぜしめ、浸水させた可能性が高い。

 座礁していれば、座礁していると明言しますし、そこから沈みかかっているというのは可能性としてゼロではありませんが、まずは考えにくいことです。発信としても、「座礁した。船体はもたないので陸上(あるいは船外)に避難する。」という報告が自然です。そもそも座礁して船体破壊も大きければ、主機が作動しないという連絡は無用です。再起動の必要もなくむしろ停めるだけです。30度近く傾いている、というのは、波浪による横揺れ(ローリング)ではなく、一方的な傾斜が生じている状態を示しています。ローリングなら、「横揺れがひどい」という言い方が普通です。「傾いている」は「傾きが戻ってこない」を含意しています。全く無理なく、荒天波浪による船体破壊、浸水、主機水没、電源喪失、操船不能、漂流、沈没へ至ったものと思われます。

海上保安庁が到着して、航空機による捜索が始まりましたが、まだ明るさは十分にあり、目視捜索が可能でした。当然、カシュニの滝の近くを中心として海岸線の目視捜索を実施したはずです。その後、日没とともに目視困難となり、自衛隊への出動要請と進みました。

 これは、海岸には座礁船体はもちろん、関係者の姿もなかったという事実を示しています。座礁はやはり違う、ということが確認されたわけです。夜を徹しての洋上捜索でも存在が確認できない。水深が十分ある沖合で沈没した可能性が強くなります。そうなると、漂流物は風潮流に流されます。知床半島に沿って北東へ進み知床半島を変わって太平洋へ向かう風潮流に乗ったご遺体が知床岬を回れずに打ち上り始め、発見され始めました。
 冷徹なようですが、物理は噓をつきません。これまで、私は様々な不可思議と思える事故事例を経験してきましたが、原因究明に至ってから振り返ると、全て物理現象としてきちんと説明がつくものばかりでした。今回の海難もその例外であるはずはありません。

メディアの取材が深さを増し、遭難船が過去に座礁事故を起こし、FRP船体に発生した亀裂を修理せずに運航していた可能性が出てきました。その亀裂の写真もが出回り始めました。「15㎝程の亀裂、水出ていた。」という証言も報道拡散されました。出回っている写真を見ますと、亀裂は15㎝や20㎝どころではなく、船首右舷の外板に縦にバッサリと入っています。上甲板の端(ガンネル)から船底へ向かって。浸水の痕跡と思われる汚れも見られます。修理していないとすれば、この状態で荒天航海など、自殺行為です。ヨットマンやボート乗りの方ならお分かりかと思いますが、FRP船体は亀裂が簡単に入ります。また浸水を止めるには亀裂部のFRPを修理するしかありませんが、素人修理では浸水を止めるのは困難です。平穏な水域の航海でも驚くほど浸水量があったりします。

 右舷船首外板の古傷が波浪衝撃で破られ、右舷船体内に浸水、機関室と主機を水没させ右舷に傾斜、船首部から水没していったと考えられます。

 一人残らず発見されますよう、ご家族の元へ戻ることができますよう、祈らせていただくしかありません。
 再発防止策は、運航会社の捜索で明らかになると思いますが、荒天運航基準をはじめとする運航管理、安全管理、そして船舶管理のずさんさ(海難事故の処理と船体の完全修理をせずに運航を続けたことで最悪の海難を招いたこと)、こういった点をつぶすことにしかないのです。
 今回の海難は、一言でいえば、人災です。天災ではありません。
 そして私は今回もまた書くのです。「日本の海技力の低下を直視せよ」と。


 最後に、冒頭で嘆いた「何を専門にしているのかわからない、船舶運航に関与すらしたことない、海洋と名の付く肩書を名刺に書いているだけの人」たちが、メディアに呼ばれ、あるいは自ら、発信した看過できないコメントを例示しておきます。私が目にしたものだけですので、他にもいろいろあると思います。

・この船は明らかに風に弱い。 << 論拠なし

・座礁した << 波浪で外板が破られることなど思いもつかないのでしょう。浸水と聞くと座礁とつながる。ナントカの一つ覚えです。

・座礁した後に沈没した。 << 痕跡も何もない座礁沈没はあり得ない 知床半島の海岸に座礁したら、少なくとも船体残存部や上陸生存者あるいはその痕跡があるはず

・この船は復原力がない。傾いたら戻ってこない船に見える。 << そう見えるのは勝手ですが、そんな船は存在しえない。船のふの字も知らないドシロウト。

・30度傾くというのは、海面を上から見下ろすような状況。もう戻れない角度。座っている人は飛ばされる。 << 30度傾斜は小さくはない角度ですが、ローリングでは珍しいものでもない。海面を上から見下ろす? 何を言っているのか。貨物船でも小型船舶でも40度程傾くことはありますし、船種や船型によっては60度程傾いても問題なく復原してきます。30度でもう戻れないとはどういうことか? 逆にそんな程度の復原力の船は検査通りません。一方的に傾斜を強める過程での30度という文脈でしか承認できない。

・19トンの小型船舶なので、救命艇やそれに類する救命設備は積んでいない。 << コメンテーターさん、あなたの出演している画面背景に大きく映っている本船画像のど真ん中、船の屋上部分に国際救命色(インターナショナルレスキューオレンジ)で鮮やかに見える救命浮器がしっかり映ってますよ。

・座礁して浸水したが、窓を開けられずに船体に閉じ込められたまま沈んだ。 << 自分で何を言っているのかわかってますか??

・客を楽しませようとして陸岸ギリギリに接航していたはず。 << 荒天下でそんなこと、やりたくてもできるわけがない。スキルのない船長ならやるかもしれないというのは大きな間違い。恐ろしくていつもより大きく陸から離れて沖にいたはず。頭では寄せようとしても体がそれを拒む。荒天波浪はそんな甘いものではないのです。操船したことがない人は勝手な決めつけをしがちですね。

・ここはどういった海域でしょうか? と質問されて、「日本の先端で、岬をかわれば北方領土も見える場所です。」 << は?? もはや質問の意図すら理解できていない。気象海象を中心に海難に関係する要素を解説せず、何を言いだしているのか。失笑です。

・19トンの小型船舶なら波高3mは運航停止と決めているはず。 << 運航基準は会社が決めるものであって、「はず」とは一体どういうことか。そもそも運航基準や荒天基準は風速や風力で決めるもので、波高で決めるケースはゼロではないが、メジャーな基準ではない。つまり、船舶管理や運航管理について無知。

・座礁後、強潮流で知床岬へ流された。 << 座礁説を引っ込めたくないのでしょうが、見苦しいですね。カシュニの滝付近で座礁し、吹き寄せる風潮流に逆らってどういう理由で離礁したというのでしょうか。しかも何の痕跡も残さず、一人の上陸者もなく知床岬までまた流れていく。誰か理解できる人がいたら、解説して頂きたい説です。

・鯨と衝突して破孔を生じた。 << これは本当にひどいです。過去の座礁やその亀裂を修理せずに運航していたという情報が十分に広まっている中で、よくこういった発言ができたものだと。ハッキリ言って、怒りが湧きました。可能性を広く見ているアピールかもしれませんが、メディアに出てはいけないです。鯨との衝突海難は多くありますが、今回はあまりにも不適切です。

・僚船(KAZU III)がなぜすぐに救助に向かわなかったのか? << 漁船も出ない荒天で遭難している僚船を助けに、同程度の僚船があえて出動する必要性はどこにあるのか。2次災害を呼び込むだけです。火災現場で家族を探しに猛火に飛び込まない家族に、「なんで探しに飛び込まないのか」と罵声を浴びせる通りがかりのおっさん、という感じです。感情論でメディアに出るのは迷惑でしかありません。ちなみに、僚船を運航する能力はない会社であった可能性が高いという事実を把握せずの発言でもあり、コメンテーターとしての情報収集能力にも首をかしげざるを得ません。

・プロの船長なら波高3mは問題ないはず。 << プロもアマもないのですよ。波高何mなら問題ないのか、それは船体機関の能力に依るのです。つまり、船の大きさや主機の強さ、操舵性能といったものが第一義です。それを堪航性というのです。大きな外航船なら波高3mなど平穏な海面状態と言えます。しかし、小型船舶にとっては大変な波です。

 こういった発信コメントが、ボディーブローのように海事社会を毀損し、日本社会と海や船の距離をより広めていく結果になるのです。売名的なメディア露出は気分がいいでしょうが、海事社会や船員界からすれば、本当に迷惑なのです。

実務海技士が海を取り巻く社会科学分野の研究を行う先駆けとなれるよう励みます。