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ある超大作ゲームの物語

 かつてコンピュータゲームはある程度のプログラミングの知識があればたった一人でも作れるものであった。あのドラゴンクエストシリーズで有名な堀井雄二氏の傑作アドヴェンチャーゲーム『ポートピア連続殺人事件』は氏がたった一人で作り上げたものだという。しかし今のゲームはインディーズのゲームならともかく大手から出されるようなゲームは到底一人では作れるものではなくなってしまった。ゲームはテクノロジーの進化によって2Dから3Dの表現へと進化し昔よりも遥かにいろんな事が表現できるようになったが、その結果膨大なコストがかかるようになり人員も増やさねば作ることが出来なくなってしまったのだ。かつて自社の人気RPGを二年スパンで、いや早い時にはたった一年で発売していた某人気ゲーム会社は今では六年立ってもゲームを完成できないでいる。今のゲームは膨大な予算と人員をフルに使ったオープンワールドが主流である。オープンワールドは今までのゲームのように決められたルートを巡らず、プレイヤーの好きなルートでゲームを進める事が出来るゲームである。だからあらゆるストーリーの進行やゲームバランスの調整に気を配ってゲームを作っていかねばならない。

 今某大手ゲーム会社の制作スタジオでは先日採用した新人たちが紹介されていた。このスタジオでは今二億人プレイヤーを抱える人気オープンワールドゲーム『エタニティ・ウィンド』が五千人体制で作られているが、さらなる人員を確保するために大々的に募集をかけたのだ。厳密な選考を経て採用された彼ら新人の中で一番優秀なのはマキシム・スロウという名の若者であった。マキシムは大学生でありながらたった一人でゲームを制作しインディーズゲーム界で注目されていた。その彼がこのゲーム会社の面接を受けたのは彼が『エタニティ・ウィンド』のハードコアなファンだったからだ。マキシムはこのゲームのプロデューサーのエディ・ジェイムズの心酔者でもあり、いつか彼と一緒に『エタニティ・ウィンド』を作りたいと願っていた。だからSNSでスタッフ募集の広告を見るなりすぐさま大学を辞めて応募したのであった。

 エディ・ジェイムズはこの無鉄砲な若者を気に入った。彼のような優秀な人間は普通に大学を卒業すればひくて数多だろうに、その安定した将来を投げ打って我が『エタニティ・ウィンド』のスタッフとして参加してくれるとは。エディはマキシムを我が弟子として徹底的に指導することに決めた。彼はマキシムに対して事あるごとにこう言った。

「マーキー、俺たちの『エタニティ・ウィンド』は娯楽品じゃないんだ。これはダ・ヴィンチやシェイクスピアのような芸術なんだ。そう思っているのは俺たちだけじゃない。ユーザーもまた、いやユーザーが一番そう思っているんだ。だから何があろうと決して妥協しちゃいけない。会社の営業や経理がいい加減完成させろとか文句垂れても決して妥協しちゃいけない。かのサクラダファミリアは完成まで三百年はかかるという。真の芸術はそのようなものだ。経理や営業に妥協して見てくれだけ取り繕っても、中身が出来ていなければ作品として成り立たない。パズルのワンピースが抜けただけで作品はみるも無惨に砕け散ってしまうだろう。マーキー、お前もこれから一生ゲーム作る気でいるならこの言葉を心に刻んでおけ」

 マキシムはこのエディの教えを忠実に守った。彼はエディの元で才能を羽ばたかせ、いつの間にかディレクターのトップになっていた。『エタニティ・ウィンド』の開発は急ピッチで進み、マキシムの指揮のおかげで第一段階のおにぎりやにんじんをはじめとしたアイテムの大半のグラを完成させる事ができたのである。

 だがそんな彼に突然の悲報が知らされた。マキシム・スロウがゲーム会社に入って『エタニティ・ウィンド』のプロジェクト・メンバーになってから十五年たった寒い冬の夜だった。久しぶりの休暇で妻と夜食をとっていた彼の元に一本の電話が入ったのである。

「マーキー、落ち着いて聞いてくれ。エディが腹上死しちまった。コールガールとクスリ使ってヤッていたらしい。ああ!どうしたらいいんだ!もうエタニティ・ウィンドは終わりだ!」

 マキシムはこのディレクターからの知らせに愕然とした。まさかあの天才のエディが腹上死するなんて!エディ、バカだよあんた!俺毎日忠告していたじゃないか。あんたも年なんだからクスリ打ってエッチするのはやめろって!どうすんだよエディ。俺たちの『エタニティ・ウィンド』は!まだ武器も盾も、それに矢の数を無制限にするかどうかまだ決めていないじゃないか!なのに勝手に腹上死してあっちにイッっまうんだから!残された俺たちはどうするんだよ!俺たちだけで『エタニティ・ウィンド』を完成させるなんて不可能だよ!

 エディ・ジェイムズの葬儀には『エタニティ・ウィンド』プロジェクトのメンバーのほぼ全てが参列した。マキシムは長年エディのパートナーだったので彼がプロジェクトを代表して弔辞を述べた。マキシムが切々と述べるエディへとの出会いとプロジェクトでのエピソードを聞いて参列者は一斉に号泣した。エディの奥さんも同じように泣いていたが、亡くなった事情が事情だからか凄い複雑な表情をしていた。

 葬儀にはゲームメディアだけではなく、一般のマスコミも詰めかけていた。一般のマスコミは不謹慎にも奥さんやマキシムたち『エタニティ・ウィンド』のプロジェクトメンバーたちに向かってエディが腹上死したことについて感想はあるかと質問をぶつけた。だが当然誰もそんな質問に答えず、ピシャリと跳ねつけた。だがゲームメディアの次の質問に対しては彼らは何もいう事が出来ず、ただ言葉を濁すことしか出来なかった。

「『エタニティ・ウィンド』はどうなるんですか?あのゲームはエディが一生をかけて育ててあげたもの。その彼を亡くなった今、あのゲームは誰が完成させるんですか?」

 この言葉はプロジェクトメンバーの心にずしりときた。彼らの言う通り『エタニティ・ウィンド』のプロデューサーであった偉大なるゲームクリエイターのエディ・ジェイムズはもういない。彼のいない『エタニティ・ウィンド』などパチモンのロレックスにすぎない。自分たちさえそう思うのだからユーザーは一層深く思っているに違いない。マキシムは葬儀が終わった時、エディの奥さんとプロジェクトメンバーを呼び止めて断腸の思いで言った。

「もうここで『エタニティ・ウィンド』のプロジェクトをやめよう。やっぱり『エタニティ・ウィンド』はエディあってこそのゲームなんだ。俺たちじゃ無理なんだよ」

 その場にいた全員がマキシムの言葉に泣いた。エディの奥さんは泣きながらも亡くなった事情が事情だからかやっぱり複雑過ぎる表情をしていた。プロジェクトメンバーは号泣してマキシムの言葉に同意した。悔しいけどお前のいう通りだ。あれはエディのゲーム。やっぱり俺たちじゃ……

 しかしその時であった。それまで複雑すぎる表情をただ涙を流していたエディの奥さんが突然マキシムに向かって言ったのだ。

「ダメよ!『エタニティ・ウィンド』の開発をやめるなんてそんな事エディは望んでいないわ!」

 マキシムはこの奥さんの強い言葉に驚いて振り向いた。エディの奥さんはその彼に向かって複雑すぎる表情でニッコリと微笑んでこう続けた。

「マーキー、エディはね。ずっとあなたを自分の後継者だと思っていたの。私に向かって毎日あなたの事を話していたわ。彼はあなたが日々成長してゆく姿を若い頃の自分と重ねて見ていたみたい。最近あの人自分がめっきり老け込んだ事をよく話していて、そしてこんな事を(と言いながら彼女は複雑さの極みのような顔をした。)言ったの。もし俺に何かあったらきっとアイツが『エタニティ・ウィンド』を完成させてくれる。俺の後継者のアイツならきっと出来る」

 エディの奥さんの言葉を聞いてマキシムは激しく号泣した。ああ!まさかあの偉大なるエディが俺を後継者だと思っていてくれたなんて!そんな話を聞かされちゃ是が非でも『エタニティ・ウィンド』を完成させなきゃならないじゃないか!マキシムは立ち上がって皆に向かってこう宣言した。

「みんな!さっきの発言は全面撤回だ!俺はエディの遺志をついで絶対に『エタニティ・ウィンド』を完成させてみせる!絶対に妥協せず、ダ・ヴィンチやシェイクスピアに匹敵する芸術を作ってみせる。ジグゾーパズルのワンピースが抜けていない。完璧なサクラダファミリアを作ってエディに見せても恥ずかしくないものを作ってみせる!だからみんな俺についてきてくれ!」

 プロジェクトのメンバーはエディの後継者となったマキシムに対して涙を流して喝采を送った。エディの奥さんは夫が亡くなった時の事を思い出したのか時折かなり複雑そうな顔を見せながらも、彼らを涙を流して見守っていた。

 こうしてエディ・ジェイムズの後を継いでプロデューサーになったマキシム・スロウの元で『エタニティ・ウィンド』の開発は再開された。しかしマキシムはエディの遺志を継いで完璧なゲームに仕上げんとあらゆる細部にこだわったせいでゲームの完成は著しく遅れた。おにぎり、にんじん、鏃の煌めきの調整。サビの着き具合の千本ノック。マキシムはアイテム一つに至るまで徹底的に完璧なものにしようとした。アイテムはゲームの根本である。これを疎かにして先へは進めぬ。マキシムのこのこだわりのせいでゲームは遅々として完成せずとうとう二十年の時が経った。

 ゲーム会社はもう今度こそ『エタニティ・ウィンド』を完成させねばと何度目かの大々的なスタッフ募集をかけた。その際にプロジェクトの組織図に変更を加えた。あのマキシム・スロウをゼネラル・プロデューサーに就けて彼の助手をプロデューサーに昇格させたのだ。しかしこれは昇進を装った程のいいマキシム外しだった。芸術家気取りでいつまでもゲームを完成出来ない彼を現場から外して代わりにまともに話のできる助手を現場の最高責任者にしたのである。

 マキシムは当然この処置に不満であった。しかし彼は自分が亡くなったエディと同じ年になっている事を思い、自分には妻も子供もいるからエディのように早死にしたくはないと考えた。自分はもう年だ。ならばかつての自分のような才気あふれる若者を導いていこう。彼はそう決意して応募者との面接に応じた。

 応募者の中に生意気な若者がいた。この若者は面接の椅子に座らず立ちながらマキシムをはじめとしていつまでもゲームを完成できないプロデューサー連中を罵った。同じゲームを四十年かかってなんで完全できないんだとせせら笑った。この若者はベリー・ファーストという名前であった。マキシムはこの若者の自分とあの亡き偉大なるゲームクリエイターエディ・ジェイムズに対する侮辱的な発言に大激怒してそんなんだったら自分で作ってみろと怒鳴り散らした。しかしベリーはその発言に恐るどころかますますイキリ出した。

「ああん?そんないうんだったら俺を雇ってくださいよ。俺だったらこんなゲーム一週間で完成させてやるから」

 マキシムはプロデューサーとなった助手に向かってこいつを雇って世の中の厳しさを徹底的に叩き込んでやると吠えた。だがマキシムはこのベリーという若者に若き自分を見たのだ。あのエディがそうであったように。

 新人紹介の挨拶の時もベリーは生意気であった。彼は自分の前に並んだプロジェクトメンバーに向かって四十年間かかってもおにぎり一つ作れない能無し、武器のサビにこだわってマップ一つ作れないサル以下の無能。しかしマキシムはこの若者に向かって笑いながらこう言うのだった。

「君、面接の時、一週間でゲームを完成させると言ったね。今から君を仮のプロデューサーにするから一週間以内にゲームを作ってみろよ」

 マキシムの言葉を聞いてプロジェクトのメンバーは恐ろしくなった。どんな天才プログラマーを揃えてもたったの一週間でゲームを作れるはずがない。マキシムはおそらくこの若者に身の程を徹底的に思い知らせる気だ。しかし若者は相変わらずマキシムの言葉に動ぜず、丁々発止でやりますよとか抜かしていた。

 ゼネラルプロデューサーとしてマキシムはプロジェクトの経費や営業との打ち合わせのために時間を取られなかなかスタジオに行けなかった。彼はベリーが今頃は自分がどんだけ思い上がった事を吹いていたか悔いているだろうとほくそ笑んだ。あのエディと自分が完成出来なかったものをあんな小僧が一週間で出来るはずがない。だがマキシムは皆に責められて泣きべそをかいているベリーの姿を想像して彼を憐れんだ。だがこれもあの若僧には必要な経験さ。人は成長するためには挫折が必要なのさ。

 だが一週間さえ経っていないある日マキシムの元にベリーがゲームを完成させてしまったという報告が入った。マキシムは驚愕のあまりその日のスケジュールを全て飛ばしてスタジオへと駆けつけた。

 スタジオの者たちは突然のマキシムの来訪に驚いた顔をしていた。元助手のプロデューサーは明らかにまずいところを見られたような態度でプロフェッサーとか下手なお世辞を使って彼に挨拶した。その中で一人ベリーはあいさつもせずせせら笑ってマキシムに言った。

「あのゲームチャチャっと完全させましたよ。クソ楽でしたね。あんなアナログなもんで四十年何やってたんですか?俺入った時すげえ機材使ってるんだろうなって思ってたけど笑えるぐらいアナログだったんで笑いましたよ。おにぎりとか全部捨てて全部記号にしてやりました。だっておにぎりなんか自分で食うわけじゃないんだしリアルに作ってもうざいだけでしょ?それと武器と防具も記号にしました。こうしてうざいもん外したらあっという間ですよ。マップは自動生成だし、敵キャラも自動生成だし、他は全部AIです。もう自分で言うのもなんだけど最高のエタちゃんができたと思います。早く発売されないかなぁ〜」

 マキシムはベリーの発言を聞いて衝撃のあまり体が凍った。彼は震えながらベリーに尋ねた。

「おい、元データはちゃんとバックアップに保存しているんだろうな?」

「保存なんかしているわけないでしょ?俺の作ったやつを商品として売り出すんだから。あんなゴミみたいなデータずっと保存してたらいずれ世間にもれてみんなの笑いもんですよ。あっ、言っときますけどこれ全部社長の指示ですからね。文句があるんだったら社長に言ってくださいね」

 マキシムはあまりの衝撃に意識を失った。薄れゆく意識の中で彼はこう思った。ああ!エディ俺も腹上死で死にたいわ!

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