見出し画像

人はどこまで自認することが出来るのか

 とある成金がメンタルクリニックで診察を受けていた。この男は急に大金持ちになったせいでメンタルを病んでしまったそうだ。

「先生そういうことなんです。ちょっと前まで普通に小銭稼いでいただけなのに、いきなりドカンって株を当ててそれを適当に捌いていたら、みるみるうちに銀行口座がパンパンになって。俺不安で頭がおかしくなっちゃったんですよ。元々貧乏人だからちまちました金の使いかたしかできねえし、いろんな連中が近寄ってきて投資を呼びかけてくるし、中には脅迫まがいのことを言って金をせびる奴はいるし、俺は一体どうしたらいいんだ!」

 この村の青年会の会長みたいな人のいい男は話を終えるとワンワン泣き出した。成金男の鳴き声に周りの看護師は思わず引いた。しかし彼の向かい側に座っている女性の診療医は表情をまるで変えずに泣き伏す男とカルテを黙って見比べた。

 しばらくしてようやく男が泣き止んだ。そのタイミングで診療医は男に聞いた。

「診察の結果をお伝えしてよろしいですか?結果を聞いてかなり驚かれるかもしれませんが、決して治らないというわけではありませんからご安心下さい」

 女医の言葉を聞いて成金男は彼女を穴が開くほど見つめた。もしかしたら彼女が俺を救ってくれるのかもしれない。この病から俺を解放してくれるのかもしれない。いや絶対に解放してくれるはず。必要なのは医師との信頼関係だ。彼女なら直してくれると信じなければ病気なんて絶対に治らない。男は女医に向かってゆっくりと頷いた。

「まず一つお聞きしたいのですが、あなたは性自認という言葉をご存知ですか?」

「いえ知りません」

「でしょうね。ニュースなんかで取り上げられ始めておりますが、まだ一般には普及してませんものね。性自認とはなにか簡単に説明しますが、これは自分の肉体的性別と精神的な性別が違う人が自分の性は実は違うんだと認識する概念の事をそう呼ぶんです。同様に年齢自認というのもあります。これは例えば身分証明書上の年齢が60代の男性がいたとして、しかし本人は自分を20代だと思っている。というのが年齢自認です。実際に外国では自分は自認年齢が20才なのだから戸籍も20才にしろと裁判に訴えた人がいます。さて随分前置きが長くなりましたが、ここであなたの病名というか本当のあなたの姿をお伝えします」

「ちょ、ちょっと待って下さい!先生の話は難し過ぎて僕にはわかりません!わかりやすく説明して下さい!」

「黙って最後まで聞きなさい!今あなた自身の大事な話をしているんですから!」

 女医の一喝を浴びて成金男は頭を抱え込んでしまった。一体自分はどんな病に冒されているのか。もしかしてもう社会復帰できないのか。性自認?年齢自認?なんだそりゃ!自分の自認の性?自分の自認の年齢?ああ!頭がパンクしそうだ!女医はその男に微笑みかけで顔を上げさせるとゆっくり話し始めた。

「何故私が性自認とか年齢自認の話をしたかわかります?それはですね。あなたもまた心の奥深くで何かの自認に目覚めているからです。あなたは自分の心の奥深くまで潜った事はないでしょう。心の奥底であなたの自認はあなたにずっと呼びかけているんですよ。今のあなたは本物のあなたじゃない。意地を張らないで本当のあなたに帰れって!最近のあなたの不調はそれが原因なのです。今日本当にここに来てくれてよかった。出なければあなたを救えなかったかもしれない。あなたの有り余るお金をみすみすドブに捨てていたかもしれない」

「先生!本当の僕ってなんなんですか?今すぐ教えて下さいよ!」

 成金男はもう成金ぶりをかなぐり捨てて女性の手を握って訴えた。女医は男の油まみれの手の不愉快さに耐えながら言った。

「あなたは実は銀行口座自認なんです。銀行口座?人じゃないじゃないかなんて思われるかもしれません。だけど人は何にでもなれるしなんでも実体化できるんです。あなたは銀行口座を自認してずっと生きてきた。だからあなたは無意識に銀行口座からお金を下ろすことを控えていた。お金を下ろしたらお腹空いちゃうし今はガッツリ食べとこうって。確かにあなたが貧乏でお金をせっせと預けていた時はそれでよかったのでしょう。だけど今のあなたはお金持ちになり過ぎて銀行口座はパンパンになってしまったのです。あなたの体重は人間に換算して300キロをはるかに超えてしまっています。あなたの健康状態を人間に例えて考えてみて下さい。300キロを超えた人間はろくに歩くことも出来ません。介護なしじゃ何もできないんです。銀行口座のあなたの健康状態は末期的です。だけど今からでも遅くないんです。あなたはまだ生きられます。だけど生きるためにはいろんなものを失わなくちゃいけないんです。あなたはダイエットする事は出来ますか?銀行口座になって考えてみて下さい」

「俺は銀行口座だったのか。先生に教えられてやっと気づいたよ。だから貯金の事でこんなに苦しんでいたんだな。お金が貯まるのになんでこんなに苦しいんだって思ってたけどそれは自分が銀行口座だったからなんだな。そうだよな。食いたくもないお金口の中に詰め込まれちゃ銀行口座だって苦しくなるよ。わかったよ。僕ダイエットするよ!ダイエットしてスリムな銀行口座になるよ!」

「そうと決まれば早速ダイエットに取り掛かるわよ!まず私に毎日5000万送金することから始めましょ!最終的には50億分の減量を目指すわよ。さぁ、思い立ったら即行動よ!私の口座教えるから今すぐ5000万振り込んで!」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?