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社員劇

「小峰さんよ、お前さ。生きていて申し訳ないと思わないの?お前もう死んだら?死ねばさ、みんな助かるんだよね。お前のミスをカバーしなくてよくなるしさ。死ねよ。今すぐこっから飛び降りて死ねよ」

 今日も先輩社員の吉岡が小峰をいぢめていた。しかし他の社員の連中は止めに入ろうとしなかった。下手に関わったら自分がいぢめの標的にされるかも知れない。彼らはそう思って二人をチラチラと見ながら自分の仕事を取り掛かった。

 しかし、その時である。どこからかペレー帽にサングラスをつけた男がやって来て吉岡に声をかけたのだ。

「君いいねぇ〜。今のセリフ心がこもってたよ。それじゃ今から本番だ」

 ペレー帽の男は吉岡にそう言うと今度は他の社員に呼びかけた。

「ほらほら、みんな何やってるんだ!吉岡が今から本番やるんだから仕事しないでちゃんと彼の演技みて!」

 他の社員はペレー帽の男の呼びかけに従って吉岡と小峰の周りに集まった。そうして社員たちが全員周りに集まったのを見てからペレー帽の男は勢いよく本番を告げた。

「よ〜い。本番!」

「小峰さんよおまえさ生きていてもうしわけないとお、おも、わないの」

「何やってんだよ!バカやろ!まるっきり棒読みじゃねえか!しかもセリフ噛みやがって!もう一度やるぞ!」

 吉岡は何が何だかわからなかった。この突然オフィスに現れた男はなんだろう。どうして僕はいきなり稽古なんてやらされているんだろう。

「あ、あの。あなたは誰ですか。このオフィス社員以外は立ち入り禁止ですが……」

「うるせえんだよバカやろ!お前は黙ってセリフを言ってりゃいいんだよ!ほらもう一回だ!」

「小峰さんよお前さ生きていて申し訳ないとおもわないのおまえ死んだら死ねばさみんなたすかる……」

「おい!」とペレー帽の男は立ち上がると台本らしきもので吉岡の頭を叩いた。

「お前舐めてんのか?舞台舐めてんのかよ!お前さっきのあの演技はどうしたんだよ!あの人を本気で自殺させるような演技もう一度やれよ!」

 吉岡はとうとう俯いて泣き崩れてしまった。周りの社員たちはペレー帽にサングラスをつけた男を見ていたが、そのうちの誰かがこんなことを呟いた。

「ひょっとしてあの人うちの社長じゃねえか?」

 すると他の社員が一斉にペレー帽の男を見た。そういえばたしかに社長に似ているような気がする。しかしウチのような大企業の社長がわざわざ変装なんかしてこんなちっぽけな支店に現れるだろうか。いや、もしかしたら社長なんじゃないだろうか。会社の誰かが人事に垂れ込んでそれを聞いた社長がわざわざこの支社にまで訪ねてきたのだ。アメリカで最近同様の事があった。だからそれを真似て……。その時突然吉岡が叫んだ。

「俺自分が小峰に対してどんだけ酷いことしていたかやっと気付きました!なんてバカなやつだったんだ俺は!こんなに確実に人を自殺に追い込むことをしていたなんて!」

 ああ!吉岡も気づいていたのだ。ペレー帽にサングラスをかけたこの男が何者であるかに!吉岡は小峰に向かってすまなかったと地面に頭を擦って謝るとペレー帽の男の方を向いて言った。

「あなたが何者だか俺は知りません。だけどあなたのおかげで俺は自分の罪の愚かしさに気づく事が出来ました。あなたが俺に自分が小峰に対してやっていた事を再現させてくれなかったら、俺犯罪者になるところでした。もうなんて言って俺……俺!」

 吉岡はそう言い終えるなり号泣してしまった。周りの同僚たちも、そしていぢめられていた小峰さえも一斉に泣き出した。そうしてみんなで笑顔で笑っていたその時である。ペレー帽の男が突然吉岡をボコボコにし始めたのだ。

「てめえ!何台本にねえことやってんだよ!お前はこの小峰をいぢめ抜いて飛び降り自殺させる役なんだよ!勝手に台本変えんじゃねえよ!ほら、さっさと演技に戻れ!」

 一同呆然としてペレー帽の男を見ていたその時。いつの間にかオフィスの入口に立っていた中年女性が中の社員たちに向かって呼びかけたのだ。

「あの……その人私のお父さんなんです。ああ……昔演劇の演出家だったんですけど、今はその……あの。お父さん、もういい加減にして!さっさと帰るわよ!」

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