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冬将軍

我々は今ロシアにいる。今回の調査はあのナポレオンやヒトラーを撃退した冬将軍の事を調べるためだ。冬将軍とは何者だろうか。国家の最大の危機に突如現れて見事敵を一網打尽にして去っていった謎の将軍。しかし何故かロシアの人々はその人物の正体について何一つ書き残していないのだ。何故ロシア人達は冬将軍について何も書き残さなかったのだろうか。歴史書の類には彼の名前すら記されず、ただこう記されるだけである。

『その時、冬将軍がやってきた。敵陣はその猛威に押されて一瞬で崩壊し散り散りになった』

なんという凄まじさだろうか。ただ現れただけで敵を一網打尽にするとは。一体どんな秘術を使ったのか。しかしこれほどの功績を持った冬将軍が勲章すら与えられず、ましてやその名すら不明だとは一体どういうことなのだろうか。もしかすると冬将軍の存在はロマノフ王朝最大のタブーなのではあるまいか。いや、それだったらロマノフ王朝が崩壊した時何故冬将軍の存在が明かされなかったのか。その難題にぶち当たった我々は一つの仮説を立てた。冬将軍とは我が日本の忍びのようなもので、代々の権力者の手となり足となり陰で暗躍していた集団なのではないかと。そうだとすると全て合点がいく。冬将軍が世に知られたら彼らを利用してクーデターを起こす輩が出てくるやもしれぬ。彼らは名声も地位も求めず、ただ吹雪の戦場に現れて敵を蹴散らして太陽が現れると同時に去ってゆくだけだ。ロマノフ王朝もスターリンもそして今のロシアを支配するプーチンも彼らを世間から遮断して自らの手元においたほうが良いと考えたに違いない。冬将軍は今もなお権力者のそばにいて、来たるべき時に備えているのだ。この仮説が正しいものであるかは当然わからない。だから我々は遥々ロシアまで冬将軍の調査に来ているのだ。冬将軍の正体を突き止めるということ。つまりそれはロシアがその長い歴史の間隠していた秘密を暴く事でもある。我々の調査のせいで我が日本とロシアの間に重要な外交問題が発生するかもしれない。我々はロシアに降り立つと各々に課せられた任務の重大さを噛み締めながら調査をはじめた。

「あの〜、冬将軍って集団を知ってますか?」

我々は道ゆくロシア人たちに冬将軍のことを尋ね回ったが彼らは一応に呆れたような表情をして我々を無視して立ち去っていった。やはり一般人には冬将軍のことなど知られていないようだ。こうなったら仕方がないクレムリンに当たるしかない。我々はこう決断してクレムリンに向かった。

「あの〜、冬将軍って集団知ってますか?」

しかしクレムリンの門番も通行人たちと同じような反応だった。こうなったらクレムリンの中に入ってプーチン大統領に直接聞くしかないだろう。いや、むしろ彼に冬将軍の存在を公にせよと訴えるべきなのだ。もしかしたらこれで日露関係が崩壊し、最悪の場合戦争だって起きる可能性があるだろう。だがこのKGBより遥か古から存在する闇をのさばらせて良いはずがない。我々は門番にプーチンに会わせてくれるよう頼んだ。

「冬将軍の存在を知っているのはプーチンだけだ。お願いだから彼に会わせてくれ! その結果シベリア送りになっても構わない!」

我々は全員で門番を取り囲み、会わせてくれるまで帰らぬぞとの覚悟で門番を凝視した。門番は目を閉じて我々の嘆願を聞いていたが、やがて冷たい目で我々を見て言った。

「ハハ、冬将軍ですね。あの〜、冬将軍さんでしたらシベリアの収容所にいますんで中の精神病棟に入ればいつでも会えますよ」

なんとこの男は冬将軍の存在を知っていたのである。我々は思わぬ幸運に互いを胴上げして喜びを分かち合うと、すぐさま冬将軍に会いにシベリアの収容所まで走っていった。



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