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京都ラブストーリー

あの日あの時あの場所で君に会えなかったらとの思いを胸に秘め、東京生まれ東京育ちの太郎は別れて京都に帰った花子と寄りを戻すために京都へと向かった。東京出身だが意外にも、というか実は東京出身の人間は大体そうなのだが、純朴な性格の太郎は、典型的な京都人である花子の二枚舌と嫌味に付き合っている間ずっと苦しめられ続けてきた。結局疲れ果てた太郎は花子と別れることにしたのだが、それからしばらく経ち花子が「やっぱりうち東京の水に合わへんわ。みんなうちに冷たいねん。付き合うてた人もそうやった。あの人うちに向かって君の京都人的な嫌味には耐えられないとか言いはったんや。私は嫌味やのうて正直にしなきゃあかんて思うてただけなんや。やっぱり東京みたいな東夷の町はあかん、うち洛中に帰る」と言い残して東京を去ったのを人づてに聞いて、太郎は自分が花子をずっと誤解していたことを反省し、そして花子と寄りを戻そうと思ったのだった。正直に話せば誤解は解けるはず。花子の自分への誤解も、自分の花子への誤解も。花子がお茶漬けを出してきて「ぶぶ漬けどすわ」とか言って出してきたのは早く出ていけということではなくて単に自分に朝ごはんを出したかっただけなんだと言うことを。また花子のアパートの部屋の前に箒を逆さに置いていたのは二度と敷居をまたがったらあかんということではなくて自分を部屋に入れるためにわざわざ掃除をしてくれたんだと言うことを。

太郎は京都に着くと早速花子に電話をかけた。そして意外にもすぐ花子は電話口に出て、太郎が今京都にいると言うと笑って、「わざわざよう来てくれはったなあ。お忙しいとちゃいますのん?」と言った。彼は相変わらずの彼女の口調が少し嬉しくなって自分の彼女への思いを必死に伝えた。「君にあいたくてここまで来たんだ。もう一度やり直そう!僕はずっと君を誤解していたんだ。君はただ僕に正直に接してくれていたんだよね!それを気づかずに僕は……」すると花子が「どないしはったん?」と聞いてきた。太郎は花子が「どないしはったん?」と心配してくれているのに感激して花子に今すぐ会いたいと伝えた。そしたら花子はなぜかもう一度「お忙しいとちゃいますのん?」と言ってきた。太郎は忙しくなんかないさと言ってもう一度「会おう。僕らは会わなければならないんだ!」と彼女に訴えた。もう一度合えばお互いの誤解も溶けるはず。そして僕らはこの京都で新たなラブストーリーをはじめられるはず!太郎は彼女の返事を待った。しかし花子はまた「お忙しいとちゃいますのん?」と繰り返してきたのだ。ああ!どうしてわからないのか。その忙しさの中でどうにか暇を見つけて君に会いに来たのに!太郎は彼女の鈍感さに腹が立って思わず電話口で彼女を怒鳴りつけた。「忙しいとかじゃないんだよ!僕は君にあいたくてここまで来たんだ!僕のことなんか心配するなよ!僕はヨドバシカメラの外のベンチで君を待っているんだ!つべこべ言わず早く来いよ!」

太郎はこう言い終わると無言で花子の反応を待った。花子からはまだ返事がない。彼女は太郎のこのあけすけな告白に戸惑っているのだろうか。花子は京都人、京の都の住人だ。こんなストレートな愛の言葉は少々刺激過ぎたかもしれない。だけどこれが自分の偽らざる気持ちなのだ。太郎は花子の言葉をひたすら待った。そうしてしばらく待っていたら花子が喋りだした。

「アンタはやっぱり東夷やさかい。なんど言うてもうちの気持ちわからへんね。だからうちの言いたいことしょうもなく野暮ったい東夷の言葉に直したるわ。マジお前うざいから早く東京に帰ってくんない?今すぐ新幹線のきっぷ買って帰れ!」



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