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掃除ができない女

 なんて言わないで欲しい。掃除だったらいつでもできるんだから。華子はそうふざけて丸男をちょっと脅すような感じで言った。丸男は華子の言葉を聞いてゾッとした。確かに華子は自分より遥かに恋愛経験があり男の扱い方も上手い。自分も華子と付き合って知らず知らずのうちに女性との付き合い方を教えられていったような気がする。彼女と付き合ってわかったことだが、華子は不満がある時でも直接相手に言わない。それとなく相手に気づかせるのだ。彼女は男は繊細な動物だ。ちょっとしたことですぐ機能不全に陥ってしまう事をよく知っていた。だから彼女はできるだけ丸男を傷つかないよううまく操縦し彼に自信をつけさせていた。

 その華子が警告のようにこんな事を言い出した。丸男はとうとう彼女は自分に三行半を突きつけてきたかと思った。きっと華子は自分の知らない所でいろいろ不満を抱えていたのだ。あの薄らバカ。今日とは言わず昨日死ね。今日は荼毘に付されていろ。とそんな事を考えていたに違いない。ああ!もう終わりだと思った。世界非モテ代表選手権でゴールドメダリストになった自分にやっと素敵な彼女が出来たというのにこれで夢は終わり、後はドライアイスでやけどするほどの味気ない現実が待っている。もう終わりだ!これで三回目のもう終わりだである。今思えばなんて能天気な妄想だったのだろう。華子と結婚してマイホーム買って子供は二人。長男は将来のプロ野球選手。長女は将来のピアニストにするんだって思っていた自分が愚かしい。未来なんかクソ喰らえだ。そんなものトイレから引っ張りだして食べてやる。バカバカしい。もう四回目の終わりだ。いや、僕は今すぐ君の元を去るよ。

「ホントに捨てられないものってあるんだな。それは絶対大切なものなんだよね……ってあなたちゃんと聞いてるの?」

 華子の言葉に丸男は長い瞑想から覚めた。そして目の前で撫然としている華子に向かって涙を流して言った。

「確かに僕は頼りないし君を面白がらせることもできないし君を守る力もない。やっぱり僕は君には不似合いだ。だけど信じて欲しい。僕は君が頼りに出来る人間になるために努力はしてきたつもりなんだ。だけど……」

「だけど?だけどってなに?それって私のプロポーズ断るって事なの?」

「はっ?ぷ、プロポーズ?」

「はぁ?あなた今まで何聞いてたのよ!私さっきからずっとあなたにプロポーズしてたのよ?まさか聞いてなかったとか?えっ?そんなのあり得るの?私あなたにこう言ったのよ。私は片付けられない女って言われるけど男はすぐに片付けた。だけど片付けられない人がいた。それはあなただった。頼りなくてバカで非モテ満載の男だけど何故かあなたならずっと一緒にいられる気がする。って男が女に二度もプロポーズさせんな!どうせまた自分に自信がないとかウジウジ考え込んでたんでしょ?あなたの考えてる事は私にはわかんのよ!」

 丸男は華子の言葉を聞いて激しくなきだした。そうしてようやく泣くのをやめると彼は華子の前で直立して頭を深く下げて言った。

「華子さんのプロポーズ謹んでお受けいたします!」

 

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