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スキップ男
無駄なことはスキップする。それは理想的なビジネスのあり方だ。ショートカットで手続きを簡略化しろとは意識の高い企業においては当たり前の認識である。このいかに無駄を省いて速やかに結果を出すというやり方は当然プライベートにも役にたつものである。
意識の高い青年早川清夫もまたオフィスで今PCと睨めっこしながらいかに面倒な手続きをスキップして結果を出すか考えていた。彼は時々隣の遠山理子を見ながら思考する。告白しようと思えば出来るがすれば彼女に時間の猶予を与えてしまい、なかなか結果を出せない事態になってしまう。人生は短い。我々はその短い時間からいかに無駄を省くかを考えなければならない。どのようにスキップ機能を使ってスピーディに結果を出せるか。早川がそうPCの前で方法を模索していると突然隣の遠山が声をかけてきた。
「早川くん、寝てるの?さっきからずっと手が止まっているよ」
早川は遠山の注意に謝り慌てすぐに業務に戻った。なんてことだ。まさか俺が時間を無駄に費やすとは。
家に帰っても早川はまだ遠山への対応方法を考えていた。別に告白に抵抗があるわけではない。遠山とは良く話す間柄であるし、話の中できっかけを作り出して告白することは容易である。しかし早川がそれでも告白を躊躇うのは彼は告白というものが酷く無駄な時間を費やすようなものに思えたのである。告白は相手に自分の思いを委ねるものだ。相手によってはすぐに回答をする者もいるだろう。だがそれは一律ではなく状況や相手の性格によって天気よりも激しく変動するものだ。その事実はなによりも無駄なことを省く主義の早川にとって我慢のならないものであった。いかにスキップして結果にたどり着くか。彼は自分と遠山に待ち受けている結果を想像していかに過程をスキップするかについて考えた。こうして延々と考え続けるのは一見無駄の極みのような行動に思える。しかしこうして過程をいかにスキップするかについて考えるのはあくまでこれから自分と遠山を待つ結果に至る過程のウンザリするほどの長い時間を過ごすよりマシである。早川はあらゆる可能性を想定し対策を立案した。これだったらスキップできる。いや、ダメだ。その方法だと最初はよくても途中で詰まる。それだったらこうだ。と彼は孤独にシュミレートしていたが、突然神の恩寵のように最高のスキップ方法を思いついたのである。賢しらな人は神頼みかとバカにするだろうが、しかしそれは彼らが現代のイノベーションに無知なだけだ。スティーブン・ジョブスもイーロン・マスクもこのような神の恩寵に導かれて時代を切り拓いたのだ。神は天才にしか降りてこない。早川は自分もまた天才の一人なのかと興奮した。そして明日早速遠山理子に向けて実践するために眠りについた。
翌日、会社の連中は杖をついてフラフラ状態でオフィスに現れた早川清夫に驚き彼の周りに集まって大丈夫かと声をかけた。しかしその声は早川には届かないようで彼は爺さんみたいに耳に手を当てて「はぁ〜、ワシは耳がとおくてのぉ、もう一度言ってくれんかのぉ〜」と答えた。同僚はこの早川の態度に呆れ呆れ果てお前ふざけてんのかと怒鳴りつけた。しかし早川は同僚たちを無視してプルプル体を震わせて自席に座ると、隣で唖然とした顔で自分を見ている遠山理子に向かって声をかけた。
「婆さんや。今日もいい天気じゃのう。しかしあっという間じゃ。婆さんと結婚してもうすぐ五十年じゃ。今度ひ孫が来るから部屋の掃除しようかの」
「はぁ?早川くん、いきなり何言い出すの?結婚してからもうすぐ五十年?私がアンタといつ結婚したのよ!婆さん?アンタ私をバカにしてんの!ふざけんのもいい加減にしなさいよ!」
「ふざけているのは婆さんじゃ。ワシたちは49年前の今日に結婚したんじゃ。理子ワシはな、49年前にお前に告白しようと考えたんじゃが告白してからの過程が無駄な事に気づいてやめたんじゃ。結果はスピーディーに出すべだからの。ビジネスでは勿論プライベートでも結果が全てじゃろ?そこに至る過程なんてどうでもいいのじゃ。そんなものはスキップじゃ。だからワシはお前と結婚して49年後のこの結果までスキップしたのじゃ。幸せな人生じゃった。お前という一生の伴侶を得てもう思い残すことはない」
早川はそこまで言うとまるで死にかけの老人みたいに体を震わせて泣き出した。遠山理子は早川の妄想にブチ切れて、この今では精神的に自分のお爺さんになった同い年の同僚に言った。
「はぁ〜い、おぢいちゃん。そろそろお墓に行きましょうねぇ。おばあちゃんも待ってるわよ」
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