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五百万年ラブストーリー

 五百万年の昔、アフリカ大陸のある所に雄雌の猿がいた。この二匹は群れから逸れたのか、あるいは自ら群を離れたのか、とにかく二匹でサバンナを彷徨っていた。しかし突然のスコールがやってきて川が溢れ出して二匹の進路は塞がれてしまった。二匹は顔を見合わせてウキーとどうすべきが考えた。やがて雌の方が水へと向かった。しかし雄はウキーと歯を剥いて雌を止めた。猿でも人間でも雄というのは強がっている割に臆病だ。ニホンザルに温泉に入る猿がいるが、その猿は全員メスであるという。雄は水に浸かるのを怖がって入らないのだ。雌はそのビビりの雄に呆れ果てていくぢなしと歯を剥いて追い払うとそのまま水に入って川を渡ってしまったのである。この雌はその後自分と同じように冒険心に溢れる雄を見つけ夫婦となり子供を儲けた。夫婦の子孫は我々人間の祖先となるのだが、そんなことを知るはずのない当の雌猿は群れのリーダーの雄にウホウホとバナナを差し入れられてもあの水を怖がっていただめんず猿を忘れることはなかった。

 それから時は流れ五百万年後の日本では今とあるアイドルグループのメンバーのソロデビューシングル『五百万年ラブストーリー』が話題になっていた。このメンバーは猿山サルコという子で、人気の割にまともに、いや霊長類並みに歌える人間がいないという壊滅的に酷いこのバカアイドルグループの中で唯一まともに歌える子であった。その彼女が待望のソロデビューをしたのだ。サルコのソロデビューが発表されるとマスコミやSNSなどの各媒体は非常に盛り上がった。その盛り上がりに拍車をかけたのは、サルコのソロデビューシングルが彼女自らの作詞作曲だったことに加えてなんと彼女じしんの完全プロデュースしたものであることだった。

 サルコはもともとピアノを習っていていずれシンガーソングライターになるつもりであったが、スカウトの熱心な説得によってアイドルへの道を歩んでいた彼女にとってこの曲は念願の自作曲の発表であった。このアイドルのソロデビューとしては全く異例な六分超の大作はもうローラ・ニーロ やジョニ・ミッチェルのような古典に匹敵するような堂々たる出来であった。今までサルコが所属しているバカアイドルグループを軽蔑し切っていたロック方面のライターはサルコのソロデビュー曲を聴いてひっくり返ってしまった。まさかまだ十代のアイドルがこんなとんでもない曲を書くなんて。実際サルコの曲はとんでもなかった。曲はゆったりとした壮大なバラードであるが、彼女の歌唱はベッド・ミドラーやバーバラ・ストライサンドに並べても全く引けを取らないもので日本のミュージック界で彼女は完全にずば抜けていた。アレンジはバカラックやフィル・スペクターが蘇ったように神がかったものであり神曲という言葉はバカアイドルグループの曲や、あのダンテより彼女のこの六分のドラマに相応しいものであった。彼女はその神がかったメロディとアレンジに乗せてその美声でこう歌っていた。

「水が引き裂いた二人。でも私たちの恋は永遠よ。私五百万年を超えて、五百万光年を超えて今あなたを迎えに行くよ」

 この不思議な歌詞を聴いて恐らく一部のファンは失笑したであろう。サルコはアイドルとして恋愛について度々インタビューを受けたが、その時いつも彼女はこう言っていたからである。

「私は五百万年ずっと想い続けている人がいるんです。だから私他の人と浮気なんてしません」

 ファンのキモヲタこのサルコの不思議ちゃん発言を一種の処女宣言だと解釈した。すぐルール破りする他のメンバーと違って彼女は本物のアイドルを貫こうとしていると。しかもサルコはこのアイドル脱皮宣言しかねないほど本格的なデビュー曲でも一生処女宣言を貫いている。きっとファンのほとんどは一生彼女について行く事を決めたであろう。

 しかしそんなファンに突然の悲劇が訪れた。ネットで猿山サルコの結婚が知らされたのである。あり得ない裏切りであった。つい最近『五百万年ラブストーリー』発売したばかりじゃないか。サルコちゃん五百万年恋人を想い続けるつもりだったんじゃないのかよ。一生処女でいるつもりだったんじゃないのかよ。

 当然ファンからサルコは集中攻撃された。この嘘つき!君だけは本物のアイドルだと思っていたのに!何が私五百万光年を超えてあなたに会いに行くよだ!俺らから散々金むしり取りやがってこのヤリマン!

 サルコはこれらの罵倒に激怒して声明を出した。『私は嘘なんかついていません。彼こそ私が五百万年ずっと探し続けていたヒトなんです!本当は私と彼で二人で結婚を祝いたかったけどこんなに誤解が広がったらもう記者会見するしかありません。私と彼で記者会見をして私たちが本当に五百万年ぶりに結ばれた恋人同士だってことを見せてやります!』

 さてそれから一週間後に記者会見が行われた。まず記者会見には猿山サルコが登場し軽い挨拶を行った。彼女が出るとマスコミは矢継ぎ早に彼女に質問を浴びせた。カメラの前のサルコはもうすっかり大人の女といった風で彼女をまだ処女だと信じていたキモヲタファンはこの露骨なまでの裏切りの証明に泣き叫んだ。マスコミはサルコに向かって早く五百万年の彼氏ってのを出してくださいよ!挑発的に言った。するとサルコはすくっと立ち上がって彼氏を呼んだ。

「パンジー来て!バナナあげるからおいで!」

 会見場のマスコミとテレビやネットで記者会見を観ていたキモヲタファンやヤジウマはそのパンジーという名の彼氏を見て驚愕した。なんとこのパンジーはまんまチンパンジーだったのである。サルコはウホウホと寄ってくるパンジーにバナナをあげてこの猿を膝に乗せると決然とした表情で語り出した。

「上野の動物園でこの人を見て、一目で彼が五百万年前に離れ離れになった恋人だと気づきました。だから私動物園に多額のパンダのレンタル料よりずっと高い金額払って彼を引き取ったんです。残念ながら皆さんも気づいているように彼はまだ人間になれていません。だけど私は絶対に彼を人間にして見せます。今度はちゃんと二人で泳いで向こう岸に渡れるように」

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