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現代社会を泳ぐための文章術

 文章が自らの名刺代わりである事を理解していた二人だった。二人は文章は人の性格であり時に容姿を決定することを知っていた。そんな二人がマッチングアプリで出会った瞬間意気投合したのはごく自然な事であった。

 二人はやりとりを重ねていく中で文章だけで相手の全てが理解できると思えるようになった。もう写真なんて見なくても相手の言葉を読むだけで全てが理解できる。相手の声、相手の息遣い、相手の容姿。それが言葉の言い回しや句読点の使い方で想像できる。さらに二人は挿絵の如くその想像を捕捉する形で時たま写真を載せていた。吉田健一のエッセイや彼の翻訳したイーヴリン・ウォー『ブライツベッド再び』、蓮實重彦の『フローベール論』、フローベールの『マダム・ボヴァリー』、『感情教育』、ナボコフの講義集、クンデラの評論集、二人は相手の写真の中にあるこれらの本を見てやっと自分に会う人を見つけたと喜んだ。

 二人は自分が読んだ無数の本を挙げ、本について語ったが、そうして会話をしていくうちに共に逢いたい思いが募ってきた。やっぱり自分たちはあわねばならぬ。どちらからともなく度々そんな事を口にした。そしていざ会おうと決めた時、二人は会うんだったら写真を載せた方がいいと話をしたが、しかし二人は自分たちは写真なんかなくても相手を理解できるはずと互いを信じてあえて写真は載せいことにした。

 そして当日である。二人はそれぞれいつも通りのラフな格好で待ち合わせ場所に出かけた。着飾るよりいつもの自分を見せようとかんがえたのである。そうして待ち合わせ場所に着くと、二人は一瞬で相手を認識した。こんなにも容易く相手を見つけるなんてやはり自分たちは運命で結ばれている。二人はそう思い、それぞれ自分たちの運命の人に駆け寄って「やっと会えたね」と声をかけた。二人がそれぞれ声をかけた相手は何がなんだかわからず、ただ突然声をかけてきた見知らぬ人間にこう言った。

「はぁ?アンタ誰?」

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