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メトロポリタンビル 〜ある思い出

 メトロポリタンビル。思い出のテナントビル。だけど私はこのビルのことは殆ど知らない。彼に連れられて行った場所しか、見たことがない。

 私は外の世界なんて行きたいとも、知りたいとさえ思わない。ただ今私が生きているこの世界があればそれで充分、そう思っている。私にとってその世界は彼といる世界だ。

 彼こそが私の世界を形作るもの。彼こそがこの世界の羅針盤。彼は世界そのものだった。

 なのにその世界はあっけなく崩壊した。世界の終わりはこのメトロポリタンビル。誰もいない所で突然別れを告げられた。特に理由はない。ただ疲れたんだ。

 あまりにもありふれた、あまりにも不条理な理由。そんな理由で私たちは終わってしまうの?泣き喚く私を置いて立ち去る彼。さようならの言葉だけ置いて。

 人気のないメトロポリタンビル。世界の終わりはあまりにも平凡だ。こんな見知らぬビルの一角に私は置き去りにされた。私は出口を求めて子供のように泣き喚いた。彼のいないこのメトロポリタンビル。たった一人じゃ出口にさえ辿り着けないよ。

 だけどメトロポリタンビル。ここには思いやりのある人たちがいた。警備員さんは私に道に迷ったのかと聞いた。確かに道に迷っている。私は彼という世界と羅針盤を見失い今このメトロポリタンビルという絶海に沈もうとしている。

 警備員さんたちは私に休息を与えようと明るい部屋に連れて行ってくれた。そこにいたのは私と同じように泣き叫んでいる子供たち。私と同じように自分たちの世界を見失い嘆くことしかできない子供たち。警備員さんはその子供たちの間を抜けてきて私に問う。お連れ様はいますか?

 私はすぐさま彼の名を叫んだ。彼の姓と名を何度も叫んだ。警備員さんはすぐにお呼びしますねと私に言ってくれた。それから間もなくしてビルの館内アナウンスが彼の名を呼ぶ。

「〇〇〇〇様、お連れ様の〇〇〇〇様が迷子相談室でお待ちしています!」

 館内に響く彼と私の名前。この世界にはあなたが必要なんだ。今すぐに私の元に帰ってきて!そして私をこの迷えるメトロポリタンビルから連れ出して。彼は息を切らせてこちらに駆けてくる。別れを告げられてから十分後の再会。彼は真剣な顔で私を見てこう叫ぶ。

「全く心配かけさせやがって!」

 私は彼に抱きついて思いっきり叫ぶ。

「ああ!やっぱり私あなたがいないとダメなの!あなたと一緒じゃないと光溢れる場所には絶対に出られないの!」


 メトロポリタンビル。私たちは今子供たち三人を先に立たせて歩いている。あのメトロポリタンで迷った日の夜、二度と話さないでねとダイレクトに三回も繋がり合った。その結果私たちは結婚し今こうしてこのメトロポリタンビルを三つ子の子供たちと一緒に歩いている。

 運命とは予測不可能なもの。この行き先知らずの道案内人は時として人をあり得ない所に導いてしまう。あの時崩壊しかけた世界は今はもう光と緑溢れる世界へと再生した。私たちはこのまま先へと進むだろう。光り輝くあの未来へと。

 ふいに子供たちが突然駆け出した。私も子供たちの後を追って駆け出す。未来へと、約束された場所に向かって。だけど彼が必死の形相で私たちに向かって叫んだ。

「バカヤロウ!何度も言ってるだろうが!いいか?お前ら四人は揃いも揃って方向音痴なんだから、絶対に俺の元から離れるな!」

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