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全身女優モエコ 第三部 最終回 全身女優火山モエコデビュー!

 ああ!神崎は今度は完全にモエコを無視してしまった!神崎のこの女王蜂をもムシする無視っぷりの王様ぶりは田舎の純真な美少女であるモエコをどん底中のどん底にまで陥れた。モエコは表情を強張らせそして再び俯いた。真理子はモエコを心配そうに眺めていたがなんと声をかけていいかわからなかった。しかし彼女にはもうモエコの心配をしている時間はなかった。もうカメラテストの準備が始まっていたからだ。

 今回収録するシーンは、初授業を終えた真理子扮するドジっ子教育研修生がその散々たる授業の結果に激しく落ち込むが、情熱先生の熱い説教で立ち直るシーンだ。結構な長ゼリフの応酬のあるシーンだが、もの覚えのいい真理子は台本のキャスト全員のセリフを完璧に覚えており、昨日も台本なしで全員のセリフを誦じていた。モエコはその真理子を見てあなたが全員やればいいんじゃないのとからかっていたものだ。だが演技とは覚えたセリフを言えばいいというものではない。真理子はさほど多くない演技経験でそれはわかりすぎるほどわかっていた。わかっていたからこそ今から始まる収録に身を震わせていたのだ。

 真理子は何度も息を吸ったり吐いたりして心を落ち着かせようとしていた。私は彼女に大丈夫だと励ましたが、動揺している真理子には私の言葉が頭に入らないようだった。真理子はモエコを何度も見た。しかし絶望という深海に深く沈んでいたモエコにはこの真理子のSOSは全く届かなかった。真理子もいつものモエコだったら「モエちゃんどうしよう!私どうしたらいいの?」なんて泣き言をいってモエコの激しすぎる叱咤を浴びて立ち直っただろう。しかし絶望というマリワナ海峡に沈みきったモエコには真理子の助けを求める叫びなど聞こえるはずもなかった。

 モエコはカメラとスポットライドが並び豪華キャストが揃ったこのスタジオでただ一人暗闇に沈んでいた。恐らく彼女はやっぱりスタジオなんかに来なければよかったと思っただろう。ああ!神崎雄介!神崎雄介!あなたはなんでそんなにモエコを嫌うの?火山の麓のあの森で一緒に歩いたじゃない!それだけじゃない!あなたはモエコを女優にしてくれた大恩人なのよ!あなたがいなかったらモエコ女優になんてなってなかった。あの小学校の何故かすぐ潰れた町の電気屋でしたテレビ越しのファーストキス!そして暗闇の怖さに泣きながら観た映画館でしたスクリーン越しの始めて体を合わせた夜。ああ!確かにそんなものあなたは知らないわ!だけどモエコにとっては大事な思い出なのよ!なのに何故あなたは!しかしそんなモエコの心の叫びは神崎には届くはずもなかった。収録の準備は着々と進みスタッフが役者陣にカメラテストの開始を告げた。

 今回の収録はぶっつけ本番である。他にも仕事を抱えたキャストが多数いるのでいちいちリハーサルなどしている暇はないというのが事情だ。主演の神崎も含めた役者たちはこれまでの経験から簡単な説明ですぐ自分の立ち位置を把握したが、メインキャストとしては初めてのドラマ出演である真理子は動揺のせいで棒立ちとなってしまい、スタッフの説明も全く頭に入らないような状態になってしまった。私の周りのスタッフはそんな真理子を見てため息とともにつぶやいた。

「あれ大丈夫なんですかね~。ちゃんと演技できるんですか?」

 しかし後に仕事を控えたキャストが大勢いる中で収録を押すわけにはいかない。真理子が理解しようがしまいが時間までに収録を終えなければいけないのだ。そして一通りカメラテストを終えると撮影スタッフが集まって打ち合わせを始めた。しばらくして打ち合わせが終わり、今まで椅子にふんぞり返っていた監督が立ち上がって本番開始を告げた。

「本番始めるぞ!」

 真理子出演回のドラマの監督は後に大ヒットドラマ『南の国から』等数多くの名作ドラマの演出を手がけてドラマ界の大御所と言われるようになった人物である。今でこそ知的で温和な人物と言われているが、当時は非常に気性が荒かった。ドラマの鬼とも言われ、いくらベテランだろうが、演技がまずいときは平気で罵った。

 演出家が本番の号令をかけた途端、スタジオ内にいきなり寒気がするほどの緊張感が走った。スタッフも役者たちも一斉に表情を変えてセットに向かって移動し始める。だが真理子は緊張のあまりすっかり我を失っていた。私が何度も声をかけてようやくセットに向かう有様だった。しかしモエコはそんなスタジオの喧騒など眼中になかった。まだ彼女は絶望の淵にいたのだ。

 職員室のセットには神崎雄介をはじめとするキャスト陣が各々の登場人物の席に座った。キャストたちはそのままの姿勢で監督の合図を待っていた。そしてしばらくすると監督がメガホンを持って大声で撮影開始を告げた。


「よーい、本番!」

 監督の声と同時にスタッフがカチンコが鳴らして収録は始まった。今回の収録は学校のお昼休みの場面だ。神崎扮する情熱先生と教師たちが昼休みでくつろいでいる時に真理子扮するドジっ子教育実習生が泣きながら駆け込んでくるのだ。今、情熱先生たちはドジっ子教育実習生について話しているところだ。ドジっ子教育実習生の指導教諭は彼女の授業はドジすぎてとても見ていられなかったとか言うと情熱先生が彼女だって一生懸命なんだと情熱的に庇う。その場面に真理子扮するドジっ子教育実習生は駆け込んでドアを開けるはずだった。しかし真理子は駆け込んで入って来ず、ゆっくりドアを開けて震えて入って来たのである。そして真理子はそのまま止まってしまった。口をパクパク開け挙動不審になってあたりを見回している。ああ!どうやら彼女は緊張のあまりセリフが飛んでしまったようだ。

「バカヤロー!ドジっ子がホントにドジっ子でどうすんだよ!なんでお前みたいなのがここにいるんだ?お前どこの事務所なんだ!」

 私は監督の怒号を聞いてすぐさま監督に土下座して謝った。さっきからの真理子の挙動を見てこうなることは想像できたのに彼女を救ってあげられなかった自分を憎みながらの謝罪だった。しかし監督は私の謝罪を無視して再度真理子を怒鳴りつけた。

「おい!お前に向かって聞いてんだよ!ちゃんと答えろよ!お前はどこの事務所だって聞いてんだよ!言葉喋れんのかぁ?もしかして日本語わかんねえのか?お前それでよく役者やってられんな!他のキャストのみんなに申し訳ねえと思わねえのかよ!」

 後から知ったことだがこれはこの監督の当時の演出のやり方だった。下手な俳優をどやしつけて覚醒させて持てる力を無理やり引き出すという方法だ。だから彼はこのときも本気で怒っていたわけではなく役者を発奮させるためにあえて真理子を怒鳴りつけていたのだ。だが元々心優しくて気の弱い真理子にそんな演出など耐えられるわけがない。彼女はただ震えながら申し訳ありませんと謝るしかなかった。

「お前バカか?謝るなら猿にだってできるんだよ!俺は役者ならセリフぐらい体に叩き込んでおけって言ってんだよ!このゴミ野郎が!今すぐこっから出ていけ!」

 モエコは真理子に対するこの監督のあまりにも酷い罵倒を聞いてようやく我に返った。目の前で自分の無二の親友が赤ら顔の親父のまで泣きながら謝っているのを見て監督に対して怒りが沸々と湧き上がってきた。ああ!知らないうちに真理子がいぢめられているわ!なんて酷い男なの?私の大事な親友をみんなの見ている前でいぢめるなんて!許せない!許せない!真理子を叱っていいのはこのモエコだけなのよ!アンタみたいな醜い中年おやじに真理子を叱る資格なんてないんだから!ぶっ飛ばしてやる!このジジイ!

 私はモエコがいつの間にか監督のそばに来ていることに気づいた。ああ!モエコが真っ赤になっているではないか!これは大変なことになるぞと私はモエコを止めようとした。しかしモエコは私をふっとばして監督に向かって拳を振り上げた。しかしその時だった。

「うるせえんだよおっさん!いい年して若い女いぢめんじゃねえよ!」

 私は驚いてその声の主を見た。いや私だけではなかった。スタジオにいる全員が彼を見たのだ。声の主は神崎雄介だった。神崎は椅子に足を組んで挑発的な視線を監督に向けていた。

「なんだお前俺のやり方に文句でもあんのか?俺はただこのセリフもろくに覚えてこねえバカ女を叱ってるだけじゃねえか!」

「それがいぢめっていうんだよ!彼女はドラマがほとんどないんだぜ!そんな子にいきなりどやしつけたら怯えて何もできなくなるに決まってるじゃねえか!」

「お前ちょっと人気があるからって調子に乗るんじゃねえよ!このドラマの監督は俺なんだぞ!お前ら役者は黙って俺のいう事聞いてりゃいいんだよ!」

 この監督の発言にスタジオ内はざわめいた。キャストたちは監督のこの役者たちをバカにした発言に驚いて監督を見た。そしてベテランの有名な役者が監督に対して言った。

「あなたね。ちょっと口が過ぎるんじゃないか。それが今まで一緒にドラマを作ってきた我々に対して言う言葉かね」

 監督もさすがに今の発言はまずかったと思ったのかしかめっ面をして黙り込んだ。そして突然「バカヤロウ!もうやめだ!こんなドラマこっちから降りてやる!」とブチ切れてスタジオから去ってしまった。


 監督が突然去ってしまったスタジオでみんなしばらく無言で立っていた。これからの撮影はどうなるんだろうか。監督が来なかったら撮影は進まない。俳優たちには他の仕事があるものもいる。このまま監督が去ってしまったら……。しかしその時だった。神崎が突然スタジオの中央に来てみんなに向かって喋りだしたのだ。

「皆さんご心配なく。監督はすぐ戻ってきますよ。あの人のいつもの癖なんですよ。自分の都合が悪くなるとすぐ止めるとか言って逃げるんですよ。まああともう少ししたら戻って来ますんでそれまで休憩ってことにして彼を待ちましょうよ」

 そう言い終わると神崎はマネージャーに頼んでスタジオのみんなにお菓子を振る舞った。「まだ撮影は長いからちゃんと腹ごしらえしてくださいよ」と神崎はみんなを労った。そして彼は私のそばに戻ってきていた真理子の元へとやってきた。その時彼はモエコのそばを通ったが、またしても彼女を無視して通り過ぎた。

 神崎と真理子は初めて会った男女にしては親密すぎるほど近い距離で会話をしていた。私のせいでこんなことになってごめんなさいとひたすら謝る真理子に対して気にするな撮影ではこんなこと日常茶飯事さと神崎は言った。そして彼は真理子にドラマなんてもっと気楽にやればいい、そうじゃないと演技なんて出来ないぜ、まあ俺だってホントに気楽にやってるぜ。大体おれこんなドラマいつだってやめていいし、代わりにあの坂本龍馬みたいなフォーク野郎にやって貰ったっていいんだぜと彼女を笑わしながら励まし、さらには困った時はいつでも俺を頼りにしてくれとまで言っていた。真理子は神崎の言葉に涙と感謝の言葉で応えていたが、とうとう号泣して神崎にもたれかかってしまった。

 それを見ていたモエコは再び絶望の中に沈んでしまった。神崎はモエコを無視したくせになんで真理子にはあんなに優しいの?モエコがいぢめられていたら絶対に助けようとはしないくせに!許せない!許せない!神崎も真理子もみんなしてモエコをバカにして!みんな嫌いよ!嫌いよ!


 神崎の言う通りしばらくすると監督は戻ってきた。そしてさっきのことなどすっかり忘れたようにいつもの高圧的な態度でおい撮影始めるぞ!と大声で言った。その声を聞いたキャストとスタッフはさっきのことなどすっかり忘れてそれぞれ準備を始めた。再び職員室の場面から撮り直しである。すぐに「テイク2スタート!」と助監督が合図して撮影が始まった。

 真理子は今度は見違えるほど素晴らしい演技を見せた。真理子は完全に演技に集中していた。職員室のドアを開けるなり泣き出す場面も良かったし、私教師なんて向いてないんです!と神崎に向かって叫ぶ場面も良かった。情熱先生を演じる神崎の説教を受ける場面では真理子はずっと神崎を潤んだ目で見つめていた。それはまるで休憩時間に神崎から励ましを受けていた場面の再現であった。彼女はあの時と同じように彼をみつめ本気で涙を流していた。

 モエコもこの真理子の演技に目を見張った。彼女はこの真理子の演技を引き出したのは神崎雄介だということがわかりすぎるほどわかっていた。モエコは真理子と神崎の演技を見ながら自分を振り返り、これまで自分はずっと一人でやってきたことを思い出したのである。ああ!モエコはなんてバカだったの?東京に来て憧れの芸能人になったからって幸せになんかなれるはずがないじゃないの!東京に来たってだけでモエコは舞い上がっていたんだわ!ああ!芸能人になったら憧れの神崎さんと共演出来るわなんて!そうじゃない!モエコはそんなことのために女優になったんじゃない!自分のため、自分が生きるためよ!女優こそ自分の生きる糧なのよ!だからもう誰にも頼らない!神崎にも!真理子にも!猪狩チンポにも!

 そうモエコはこの時自分が全身女優であることを完全に自覚したのだ。ああ!今のモエコにとって神崎も、そして親友の真理子でさえも超えねばならない壁となった。いずれ彼らを超えて全身女優の道を突き進なければならない。モエコはすっかり立ち直り今か今かと自分の出番を待っていた。

 真理子の撮影はまたたく間に終わった。なんと一発OKだったのである。神崎を始めとした共演者たちは真理子を褒めちぎり、監督でさえやれば出来るじゃねえか!と真理子に声をかけた。真理子は笑顔で私達の所に戻ってきた。彼女はモエコを見てすっかり元通りになっておりことに気づき、モエコの手を握りしめて私どうだった?と聞いた。モエコは正直に良かったわと答えた。続けて今までのあなたとは別人みたいだった。真理子の演技を見てモエコも負けないように思ったわと言った。

「じゃあ次はモエちゃんの出番ね。私見てるから頑張ってね。って言うのは余計なことかな。だってモエちゃんは頑張るのが当たり前だから」

 モエコは真理子に向かってゆっくりとうなずいた。


 さていよいよモエコのドラマデビューを語るのだが、このモエコの出演場面が現場や少なからずの視聴者にとんでもないインパクトを残したことは今でも語り草になっている。なんと言ってもこれがいくら端役とはいえ神崎雄介との初共演であったのだ。

 私はモエコと真理子を連れて楽屋に戻ったが入り口に先程モエコを罵倒した女も含めた不良少女役が集まっていた。彼女たちは撮影が始まるのが遅いので愚痴っていたがモエコをみるとさっきの女がすかさず嫌味を言ってきた。

「ねえ、アンタ出んの?さっきも言ったけどさ、いい加減お家に帰ったほうがいいよ」

 モエコはそれを聞くなり目を見開いて女に近寄ると思いっきりガンをつけて怒鳴った。

「うるせえんだよ!帰るのはテメエだろうが!アタイにぶっ飛ばされねえうちにパパの所に帰れよ!」

 それを聞いた女はもちろん、不良少女役全員が一斉に背筋をピンとさせて起立した。モエコの怒号ははそれほど迫力のあるものだったのである。それからしばらくするとスタッフがモエコを含めた不良少女役を呼びに来たので私は今度はモエコのマネージャーとして、真理子はモエコを見守るために撮影現場へと向かった。

 スタジオに入った私達はいきなりスタッフの視線に晒された。私は最初はみんな真理子を見ているのかと思ったが、すぐにそうではないことに気づいた。スタッフが見ていたのはモエコだったのである。スタッフはあんな子いたっけとかつぶやきモエコがキッと睨みつけると怯えたように震えて後退りした。すでにスタジオ入りしていた監督もモエコを見て「何だあのアバズレは」と興味津々に見つめた。

 そのうちに神崎雄介と不良少女たちに囚われた生徒役がスタジオに入りすぐさまカメラテストが始まった。その間モエコはずっと近くにいた神崎を睨みつけていた。自分を頑なに無視する神崎、この男に自分の存在をアピールするには演技しかない。この男を食い殺すようなそんな演技をしなければならない。モエコはそう固く決意した。

 そして本番が始まった。本番が始まった途端異様な緊張感があたりを覆い尽くした。この緊張感はモエコから発せられていた。せりふなしでタバコをひたすらくゆらせるモエコ。その挙動がまったく本物の不良少女にしか見えずそのせいで他の不良少女役はいかにも漫画のように薄っぺらに見えてきてしまった。その不良少女達のたまり場に生徒を救いにきた神崎扮する情熱先生が入ってきた。不良少女たちはすかさず情熱先生を取り囲んだ。モエコは神崎をまっすぐ睨みつけた。ありったけの憎悪を込めて睨みつけてやった。神崎はモエコを見てそして思わず怯んだ。その神崎に向かってモエコは顔を突き出して迫って来た。追い詰められた神崎は思わず「どけぇ!」と叫んでモエコを突き飛ばした。これは本来台本にはまったくない場面だ。かといって神崎のアドリブであるはずもない。神崎は本気でモエコを恐れて突き飛ばしたのだ。スタッフは皆ここでカットがかかると思った。しかし監督はそのまま回せと指示して続けさせたのだ。それから神崎は奥にいる生徒を抱き上げて涙混じりの大説教を長々として結局そのまま場面をすべて演じきってしまった。

「おい!監督なんで今の止めねえんだよ!あれ取り直しだろうが!」

「今の場面最高じゃねえか!不良少女に怯えきった情熱先生なんて傑作だぜ!あんなリアルな場面なんてめったに撮れないぜ!」

「ふざけんな!さっきの仕返しのつもりかよ!役者に恥かかせてどうするつもりだ!」

 神崎は身も蓋もなく慌てきっていた。モエコ扮する不良少女との場面は間違いなく計算外だった。彼はモエコの演技をまともに浴びて完全に調子を狂わせてしまったのである。しかしそれはあくまで神崎の役者としてのプライドの話である。客観的に見てこの場面が異様な緊張感を持った素晴らしい場面であることは誰も否定は出来ない。モエコの演技がこの陳腐の極みである場面に異様な真実味を与えたのだ。その時監督が突然私にあの子の芸名はと尋ねてきた。私が彼女の芸名が火山モエコであることを教えると彼はなるほどと目をつぶってうなずき「溝口健二があの火山モエコって子をみたらなんというだろうな」とつぶやいた。

 撮影が終わるとスタジオ内に異様などよめきが起こった。もちろんモエコの演技のせいだ。真理子は親友の演技のあまりの素晴らしさに感激してモエちゃんすごいよ!みんなモエちゃんに注目してるよ!と言って盛んに褒めちぎった。モエコは真理子のべた褒めに意外なほど無反応でとりあえず返事をするだけだったが、それはもちろん真理子に褒められたのが、嬉しくなかったわけではない。彼女はまださっきの演技の余韻に浸っていただけなのだ。あの時モエコは思いっきり神崎を睨みつけて食ってかかろうとした。神崎はそれに対して本気で怯えて思わず彼女を突き飛ばした。確かにモエコは神崎を演技で見事に食ったのだ。これで神崎は嫌でも自分の存在を意識せざるをえないはず。モエコはスタジオを見渡して神崎を探した。しかし神崎雄介はすでにスタジオを去っていた。



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