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文学大王

 私の昔の知り合いに文学大王という人がいた。文学に関することならまずこの人に聞けと言われていた人だ。彼は格好もその名に恥じないような文学的な風貌だった。髪型は芥川龍之介のようであり、また百田尚樹のようであり、また太宰治のようであり、また丸山健二のようであり、まあ要するにカツラなのだった。そして服装も文学を極めたような格好だった。中原中也みたいな帽子とマントをつけて、萩原朔太郎の詩のように吠えまくりながら夜道を徘徊していたものだ。徘徊するついでに寺山修司のようにのぞきをしていたりした。彼は夏目漱石の主人公のように大学に進学するために田舎から上京し、バルザックの主人公のように栄達を求めて、フィッツジェラルドの主人公のように挫折し、それでやけくそになってナボコフの主人公のように少女を追っかけまわし、しかしドストエフスキーの主人公の様に罪の意識に苛まれ、そして更生しようとトルストイの様に道徳的に生きようとして失敗し、でもやっぱりダメでジャン・ジュネの主人公のように泥棒を働き、そして犯罪がバレたので海辺に逃げたら安部公房の『砂の女』のように首だけ残して穴に落ちてしまい、で当然ながら今は刑務所の中にいる。私たちはそんな彼の行状を知ってやっぱり文学好きな人は違うなとあらためて尊敬の念を抱いたのだった。

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